新人冒険者の通過儀礼1
まあ、冒険者になった時の通過儀礼と言いますか、黄金パターンですよね。様式美は大事かと。
「あんたCランクになったんだってなあ。あんたのような優男がどんな手を使ったんだ。教えてくれよ」
にやにやと笑いながら、男が問いかけてくる。
「お貴族様専用のCランクじゃないか。仲間の女も美女ばかりだしよ。依頼も夜の相手としての指名依頼専門ってな感じでよお」
金髪男とは別の男がはやし立てる。おそらく仲間だろう。
いつものような、ちょっと過剰な装備だったら絡まれなかったかもしれない。だが今日はこの後は服を買いに行く予定であり、小ざっぱりとしたとても冒険者には見えない服を着ていた。さらに他人から見れば、貴族や高級娼館でも見ないような美男美女である。
「そう固くなるなよ。何も喧嘩しようってわけじゃねえ。一応、ご法度だからな。ただ、Dランクの俺たちに、ちょっとばっかし稽古をつけてくんねえかな。丁度Cランクになったんだろう。俺たちに違いってもんを見せてくれよ」
別に固くなどなってはいないのだが、どう切り抜けようか迷っていた。倒すのは簡単だが、Cランクになって早々もめごとは冒したくない。
「俺たちは、こいつらに稽古をつけてもらう。これなら、規則違反じゃねえよな」
金髪男がレアナの方に向かって言う。
「稽古には双方の承諾が必要です。一方的な宣言では認められません」
「じゃあ、こいつらが認めたらいいんだな。おいお前、頷けよ」
どうしてこの手の者は、一々癇に障る言い方をするんだろうか。冷静さを失わせて隙を作るというのなら分からないでもないが……。変に言い合うより倒してしまった方が時間もかからず、面倒も少なくなるだろうと判断して頷く。
「ギルドの訓練所を使えばいいんだろうか」
レアナに聞くと、少し心配そうな表情で答える。
「基本的にはそうですが、訓練場がないギルドも多いため、人に迷惑のかからないところ、ここでいえばギルドの前の大通りか、広場といったところも認められてます」
それでは、訓練所で、とコウが言う前に
「じゃあ、そこの大通りでだ。悪いな。俺たちゃ、訓練所もない田舎のギルド出身でよ。そんな上品な場所でやったことはねえんだ」
多分、大勢の前で自分たちの力を見せつけてやりたいのだろう。それにしても、柄が悪い。こういうものがいるのなら、冒険者=ならず者、という認識でいる人がいるのも仕方がない。
しかし困った。絡まれるのが面倒だからと、いささかむかついたのもあり、頷いてしまったが、自分はこのアバターで接近戦の経験がない。能力の分からない者相手にいざという時うまく手加減できるか、今更ながらであるが不安になってしまった。流石に再起不能にしたり、間違って殺してしまったりしたら、いくら許可されているといってもまずいだろう。
コウが考えているのをみて、怖気づいているのと勘違いした金髪の男は、コウに向かって馬鹿にして煽り立てる。
「今更怖気づいてんのか? なんならお仲間のお嬢ちゃん達が、今晩付き合ってくれるんなら、無しにしてやってもいいぜ」
(マリー、相手を頼む)
金髪男の声は聞き流し、マリーに思考通信で命令する。マリーは即座に了承し、男立ちへと向かっていく。
「あら、今晩と言わず、今からわたくしがお相手をいたしますわ。わたくし共のリーダーは後衛職ですの。接近戦の経験が少ないため、あなた方相手に、うまく手加減できるかわかりませんの」
そう言ってドアを開け大通りへと向かっていく。大通りには日暮れ前で最も人が多い時間帯のため、大勢の人がいる。その中には野次馬らしき人々も少なからず混じっていそうだ。おそらくギルド内から聞こえてきたやり取りを聞いていたのだろう。
マリーが出ていくと、自然と人垣が分かれ、直径20m程の空間ができる。中心までマリは進むと、金髪男に向かって優雅にスカートをつまみ上げカーテシーを行う。
「なめやがって。その面二度と見れないようにしてやる」
男が、マリーの方に向かう。怒りで顔が真っ赤だ。どうやら情欲より、怒りの方が上に来たらしい。
いつの間にか他の冒険者たちどころか、ギルドの職員や門番も集まっていた。“嵐の中の輝き”の面々は同情しているような顔をしているが、どちらに同情しているのだろうか。
特に開始の合図もなく、男がマリーの顔面目掛けて拳をふるう。マリーとは頭一つ分ほど身長が違うため、振り下ろすに近い。
そして、マリーの顔の前でぴたりと止まる。男の拳にはマリーの人差し指が添えてある。マリーは男の拳を人差し指で受けただけでなく、威力を徐々に減衰させ、相手に怪我をさせることなく、自分の顔の前で止めてみせたのである。
コウはマリーに任せて正解だったと思う。自分ではそこまで正確な制御ができる自信はない。マリーと同じように殴られたら指1本で止めようとは思っていたが、下手したら相手の力によって指が勝手にちぎれ飛ぶところだった。
「てめえ!」
そう叫んで、男は蹴りを放つが、マリーに当たることなく、そのまま大きく足を上げ転んでしまう。
「てめえ、何しやがった!」
男はマリーを睨みつつ、立ち上がりながら叫ぶ。
「何って。あなたのご要望通り格の違いを見せ、なおかつ遊んであげてるのですわ」
「なんだと……」
涼しげに答えるマリーとは対照的に、男はもはやまともに声が出せないくらい怒っているらしい。頭に血管が浮かび上がり、破裂するのではないかと思えるほどだ。
「そうですわね。このままではあなたも納得しなさそうですし、武器を使われてもよろしいですわよ。普段は背中の剣を使われてるんですわよね」
「言ったな。後悔すんじゃねえぞ……」
もはや理性をなくした男は背中に背負った剣を縛っている紐を解く。男の剣は刃渡りが1.5mほどある大剣に分類される剣で、鞘からはすぐに抜けないため、むき出しの状態で背中に紐で固定しているだけだった。
ちなみに、サラもマリーも同じように大剣を使うが、こちらはワンタッチで鞘が開くように出来ている。
レアナが止めようとするが、それをコウが止める。
男があらん限りの力を込めて、大剣を振り下ろす。僅かに理性が残っていたのか、マリーの頭にではなく肩口に向かってではあるが……。どこからか女性の悲鳴が上がる。
しかし、男の渾身の一撃はマリーの片手、正確に言えば人差し指と親指だけで、まるで軽い小枝をつまんでいるかのように止められる。しかも挟んでいる方向は、切りかかってくる方向に向かってではなく、切りかかられた方向からである。
つまり、マリーは切りかかった剣を、それをはるかに上回る速度で、後から摘まんだのである。
余りの出来事に、大通りに集まった皆が言葉を失う。日暮れ時の、一番騒がしい時間が一瞬静寂に包まれた。その静寂の中パリーンという澄んだ音が鳴る。男の持つ大剣が、根元部分から、まるでガラスが割れるように壊れていった。そう折れるでも、曲がるでもなく、砕け散ったのである。
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また、作風が異なりますが、他にも書いています。良ければそちらも読んでいただけたら嬉しいです