飲み比べ
最初のタイトルは試飲会だったのですが、読者の方から良いアドバイスを頂いたのでタイトルを変更しました。個人名は出しませんが、有難うございました。
その日はマリーを放っておいて、3軒の酒蔵を巡った後、買ったお酒を宿で飲むことにした。本来ならその場で飲んでも良かったのだが、如何せん食べ物の出店が少なく、並んでいる時間が多すぎる。かと言って、ドワーフ達の目の前で調理のされた料理を出して食べる気にはならなかった。
お祭りは好きだが、並ぶのは好きじゃないというコウの我儘である。ただ、限定酒だけはちゃっかりダミーロボットを並ばせて手に入れようとしていた。しかも、顔を変えて一人1本の限定酒を10本ずつ買っているという、とても高級軍人だとは思えない狡からい真似までやっていた。
そこそこ飲んでいい気分になったところで、ドンと、部屋の扉が勢いよく開けられる。
「乙女を一人残して、皆で楽しむなんて酷いですわ!」
「いや、あれはおいていくだろう。楽しんでいたのだし、非難されるいわれは無いと思うのだがね」
マリー以外の2人も同意見のようだ。
「それはそれ、これはこれですわ。一人で買えるお酒には限度がありますもの」
「ふむ。本来なら自業自得と言いたいところだが、明日は限定酒の飲み比べを部屋でやろうと考えている。それで我慢したまえ」
「それは嬉しい限りですけれども……なぜ、部屋でやるんですの? 酒類持ち込み可のレストランも結構あったように思えますけど……」
そういう文化なのか、それとも酒の消費量が多すぎて保管場所に苦労するのか、この街では酒類持ち込み可のレストランも少なくない。だが、残念なことに明日はそれができない。
「私も残念に思うのだがね。ドワーフは今日夜遅くまで飲み続け、付き合った人間は二日酔い、酒を提供した店も今日は徹夜での営業、ってことで明日は殆どの店が休みになるらしい」
理解できなくはないのだが、街全体が休みになるというのはどうなんだろうか。自分たちにとって、どうでも良いといえばどうでも良いことだが。
「此処の宿の食事も明日は無しだそうだ。明後日はまた地下に潜るんだし、明日はのんびりしようぜ。というか、それしかできないんだけどさ」
半分投げやりな感じでサラが言う。正確に言えばできないことは無いが、やる気が起きないといった方が正しいか。
「そういう訳で、明日は一日部屋の中だ。今日のところはこれでお開きだ」
そう言うと、コウは寝室に行き、眠ってしまった。
次の日はいつもより遅めに起きると、朝食時からガッツリと酒を飲み始める。先ずはエールから。こちらは元々長期熟成をするものではなく、半年でも長い方だ。低温で半年熟成されたエールはアルコール度数も普通のエールより高く、熟成に使った樽の香りが仄かに移っている。そのせいか普通のエールより味の幅が広い。恐らく原材料も少し違いがあるのだろう。
何と言っても大きな違いは低温長期発酵のため、下面発酵をし、いわゆる自分たちが元の世界でビールと呼んでいたものがあることだろう。もっとも、元の世界の自分が飲んでいたビールは合成酒である。味は比べ物にならない。あれは色のついた水に炭酸とアルコールと何かを混ぜた何か別の物だ。
実は遥か昔はビール=エールであり、下面発酵のビールはごく一部の寒冷な地域でしか作られてなかったらしい。秋に樽に詰めて、氷と共に洞窟で発酵させ、春に出来上がったものが始まりだそうだ。それが冷蔵庫の発明によって、爆発的に広まりエールはビールの一種類となった。下面発酵のビールはラガービールと言い、ラガーとは貯蔵という意味らしい。
ふむふむと、酔った勢いで無駄にユキにインストールしたビールの説明を聞きつつ、一つ一つ飲んでいく。言うなれば数千年に及ぶビールの進化の過程を楽しむことができるのである。喜びもひとしおだ。もっとも合成酒が発明されてから以降の味は楽しむつもりは無いし、そもそも発酵させてなく合成している段階でビールではないのではないかと思う。
「ふむ、ビールはどの食事にも大体合うが、やはり脂身の多い料理がよく合うな」
「ただ余りにも料理の方が美味しいと、味を消してしまうため、料理の余韻に浸れませんわ。あまり高級でないものの方が良いですわね」
「そうですね。スッキリさせて、食欲を湧かせるという効果はありますけど。私達には関係ありませんからね」
そう言いつつ自分達が食べているのはヒポグリフの皮のタレ焼きである。店で食べるなら時価と書かれているやつだ。ギルドに卸した値段から考えても一皿1銀貨以下ということは無いだろう。
次に飲んだのはこの地方の特産であるアクアビットだ。寒冷地でも育つ芋を主原料としてハーブで香りづけがされている。アルコール度数が40度前後とかなり度数の高い酒だ。北方諸国に来てからはメインで飲んでいる酒だ。ただこの国のものは熟成期間が他の国と比べて短い。熟成で差別化されない分ハーブで差別化しているようだ。癖が強いものが多い。
「うーん。これは料理を選ぶなぁ。いっそのこと単体で飲んだ方が良いのかもしれん」
そうコウが呟くと、ふと何かを思いついたようにサラが蜂蜜漬けの樽を取り出す。そして、中の果物と付けた汁を大きめのグラスに入れ、アクアビットを混ぜてかき回す。そしてできたものを普通のグラスに入れちょっと飲む。
「うん。これはいけるぜ。皆も飲んでみなよ」
「どれどれ。うん、確かにいけるな」
個性の強い物同士が主張しあい、甘いながらも複雑な味になっている。ただ、美味いことは美味いが、やはり料理と一緒に飲むものではないように感じられた。
最後飲むのは定番のワインだ。この国に限らず北方諸国では甘口の白ワインが多い。ただ、材料が葡萄だけでなく、リューミナ王国から多岐にわたる材料を輸入し、酒を作っていた。
「このお米から作ったライスワインは、他の国と随分味が違うのですね。スッキリとしていて後味もほとんど残らないのに、なんだか海鮮物が食べたくなります。そして食べるとまたこのお酒が飲みたくなるのです」
ユキが少し驚いた様子で言う。自分も飲んでいてそう思った。無限ループだ。
「そう言えば、これだけ酒蔵があって、なんで主要輸出品に酒が無いんだろうか?」
「殆ど国内で消費されるようです。輸出どころか足りないので輸入しているようですよ」
ユキがそう答える。どうやらドワーフの酒好きを自分はまだまだ甘く見ていたらしいとコウは思ったのであった。
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