ヒーレンの最期
ヒーレンがしゃべったのはデモインの時と同じくナノマシンを使い、自白剤を投入したからだ。慎重に少しずつ少しずつ。コウは無駄に話していたわけではなかった。
「ほう。まさか本当にそういったものが存在するとはな。あながち噂や伝説の類もばかにできぬものだな。非常に有益な情報だった。礼を言うよ。ああ、それと今度からは我々に手を出さないでもらえるかな。手を出したところでそちらになんらメリットはないだろう。代わりと言ってはなんだが、我々はこのまま去るとしよう。
それとこれは忠告だが、今度から宗教活動は合法的にやることだね。冒険者ギルドに依頼が来ない限り、我々は布教活動に手は出さないつもりだよ。布教活動が目的だったのか、何かを行うための手段だったのかは知らないがね」
そう言ってコウは踵を返すと、元来た道を戻り始めた。
「ハハハハハッ」
突然狂ったような笑い声が空間に響き渡る。ヒーレンの声だ。コウ達が振り向くと、天を仰ぎ、ハイライトの消えた目で狂ったように笑っているヒーレンがいた。
「馬鹿め! おめおめと秘密を知った者を帰すわけなかろう。貴様らは私と共に死ぬのだ」
そう言うと共に、ヒーレンの身体にこの空間のマナが急速に吸収されていく。
(やれやれ自爆か。わざわざ自殺しなくても、どうせ300年もすれば死ぬだろうに)
時間がないと思われたため、コウ達は即座に戦闘モードに入り思考通信を行い始める。
(死ぬのが主目的なのではなく、私達を殺すのが目的でしょう。推測される爆発エネルギーは約50京ジュールほどです。パーソナルシールドで防げる範囲ですが、地表は吹き飛びますし、かなり広範囲にわたって被害が出ることが推測されます)
(はた迷惑な。仕方ない。エネルギー吸収フィールドを展開せよ)
(爆発そのものは防がないんですか? 今からヒーレンを殺せば不発に終わると思われますが)
ユキが不思議そうに尋ねる。
(どう生きどう死ぬかは、人間というか、知的生命体の特権だよ。ろくに生き死にを選べないこの世界で、自分で決められるなんて結構なことじゃないか。手を出さないと約束もしたことだし、彼の意思を尊重してやろう)
寿命の無い世界の住人であるコウの考えは、この世界の感覚とは大分ずれていたが、仲間内に疑問に思うものは誰もいない。
(承知いたしました)
ユキは承諾すると共に、即座に空間を覆うようにエネルギー吸収フィールドを展開させる。
マナが全てヒーレンの体の中に凝縮された瞬間、この世界ではありえないと言えるほどの爆発が起きる。だがそれはこの空間外に被害を及ぼすことなく、エネルギーを吸収されていく。爆発が終わった後、残されたのは4㎏ちょっとの鉄の塊だった。エネルギーを質量に変換した結果である。
「墓標代わりに置いておいてやるか」
すべてのマナが消失し、真っ暗になってしまった空間の中でコウが呟くように言う。
「そうですね。しかし、原始的ではありますが、核融合を起こす魔法が存在するというのに、なぜ自分の身体を使ってそれを起こさなかったのでしょうね。流石にあの方の身体をすべてエネルギーに変換されたら、本体の補助なしでは外部への影響は避けられなかったと推測されます」
「さあな。恐らく違う理論で魔法を使っていて、その過程で偶然核融合と同じ物理現象が発生しているんだろう。理論が作られるよりも、現象の方が先に使われているなんてよくある話さ」
コウ達にとっては核融合ができるのなら、対消滅でエネルギーを発生できるだろうと、あまり深く考えていない故の感想である。知識としても深く知ってはいなかった。そこには大きな隔たりがあるのだが、気にするものは誰もいない。
軍人にとって大事なのは使えるか否か、どう使うのかが重要なのである。理論的に云々というのは学者が考える事だ。たまに理論的には絶大な効果を発するという触れ込みで、とんでも兵器が作られたりするが、それは敵が使うのならともかく、自分たちが使うことになるのは勘弁してほしいものである。残念なことにいまだに無くなっていないのが現状ではあるのだが……
「次はいよいよ別の大陸かな。魔族の支配する大陸かぁ。どんな大陸なんだろう」
いかにも楽しみといったようにサラが言う。事前データはあることはあるが、基本的にユキが管理しており、他のAIには自分が知っている情報以外は渡してはいない。なので、サラとマリーは初期情報しかない。つまり、魔族が優勢で、気候が厳しいということしか知らないのだ。それは自分も同じである。
「楽しみにしているところに水を差して悪いが、とりあえず事の顛末を冒険者ギルドに報告した後は、予定通りさらに西へ進んでそのまま南下し、ジクスに戻るぞ」
「えっ!なんでさ。観察処分も終わったし、予定が変わったところで何も構わないはずだろう? 予定といってもあってなきがごとくのような予定だったし、寄り道するぐらいなんともないはずだろう。実際結構寄り道してるしさぁ」
サラは如何にも理解できないという顔でそう言う。
「まあそう言うな。その回り道をもしかしてしすぎたんじゃないかな、とさっきヒーレンが自爆したときに思ったんだよ。この世界の住人には寿命がある。更に老衰以外の死亡率も高い。ジクスでそれなり仲良くなった者もいるんだ。別の大陸に行くなら、一度顔見せぐらいはするべきだろう」
「コウがそんなことを考えるなんて意外ですわ。何か悪い物でも食べたのではないですの?」
常識的なことを言ってるつもりなのに、マリーが何か不気味なものを見た時のような感じで答える。失礼な奴だ。
「確かにそれだけではないがね。セイレーンのエールをベシセア王国で汲んだ水で作ってもらいたいし、王室御用達のワインも貰えるはずだ。あと、順調ならジクスでレッドドラゴンの解体もできるかもしれない。それらを後回しにして行くほど、他の大陸に魅力は感じないな」
「!!!」
マリーがこれ以上ないというぐらいに目を見開く。せっかくの可愛い顔が台無しである。
「コウはやはりリーダーにふさわしいお方ですわ。さっさとギルドへの報告を済ませましょう」
予想はしていたが、なんて現金な奴だとコウは思ったのであった。
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