教団
秘密教団なんてどうやって勢力を大きくするんでしょうね。
「それは……木の枝や生垣を剪定したり草花を植え替えて庭を管理する、あの、庭師のことかね?」
「ええ、その庭師ですね」
「すまない。詳しく説明してくれないか?庭で樹木の手入れをしてる人間が、どうしてこんな大事件を起こせるんだ。それに動機や接点がなさそうに思えるんだが……検索でヒットした以上、その辺の裏は取れてるんだろう?」
意外過ぎるユキの答えに、コウは聞き返さずにはいられなかった。全く以って予想外の犯人像だった。というか、そもそも今まで出てきてない人物である。
「先ずデモインの背後関係ですが、この大陸で一般的に信仰されている宗教とは異なる宗教の司祭です。分かりやすく言うと悪魔崇拝の司祭でしょうか。そこそこの数の信徒がいますので、それなりに裏の組織力と権力を持っています。あくまでもそれなりです。
ここの庭師として働いているのは、親の職業を継いだのと、この国の有力者であるドレッド卿の内情を探るのに都合が良かったためのようです。よくフィクションで描かれるみたいな、隠された神殿の奥から手先の信徒に命令を下すのみ、というほどの勢力は無いようです。
本人が魔法使いで、屋敷の中に入れば結構な情報を仕入れることができるので、それをドレッド卿の政敵や裏の組織に売って活動資金にもしていたみたいですね。
シェトリナ嬢を襲わせたのはドレッド卿の勢力をそぐためです。デモインが情報を流しているにもかかわらず、ドレッド卿の権勢は揺らがず、商会も順調。そしてドレッド卿は市民の生活向上と治安の向上を公約に掲げています。
シェトリナ嬢も商才豊かなため、結婚後商会をシェトリナ嬢が切り盛りし、政治にドレッド卿が集中するようになれば、教団の存続に関わると危惧したもの、と推測されます。
なおゴンパッド海賊団への依頼金については、教団本部が資金源でした。ここは支部で、もっと大きな本部が他所にあるようです。本部に関しまして、現段階では所在地はまだ判明していません。脅迫文はカモフラージュですね。ドレッド卿の政敵は今回の件に関しては何も関係ないようです」
怪しげな組織による身勝手な営利目的の犯罪だった。コウは少し呆れてしまう。いや、大抵の誘拐は身代金や何かの要求をのませる営利目的なので、なにもおかしくはないのだが……
「しかし、惑星中にナノマシンを散布したとはいえ、よくそんな情報が簡単に集まったものだな。デモインはナノマシンに対して、隠蔽できるような魔法を使えるんだろう。もしかしたら人の記憶を操るようなこともできたんじゃないのか」
「確かに結界と呼ばれるシールドのようなものを張ることはできるようですね。ですが、人の記憶は操れないと推測されます。ゴンパッドのその当時の記憶があやふやだったのは、ただ単に依頼主に興味が無かっただけかと。
情報は信徒同士が普通に家で話していた記録が大量にありましたので、簡単に集まりました。信者の前で大々的に自分の成果を演説していたようですしね。場所に関しても隠蔽はされてますが、信者が通うため、行動を分析すれば特定は容易でした」
ユキが淡々と説明していく。理解はできたが、なんとなく納得できないのはなぜだろう。
「せっかく犯人が簡単に分かったのに、コウはなんだか不満そうだな。なんか問題でもあるのか?」
サラがコウの顔を少し心配そうに見て言う。
「いや、不満というわけではないのだが……何と言うか、そういう組織はかなり厳重に秘密を保持しているもんじゃないかなと思ってな。その割には情報管理が甘いというかなんというか……」
「そもそも、大気中に観測記録ユニットが存在するということが想定外なのだと推察されます。それに本当に秘密にしてしまうと、信者が獲得できませんよ。テロリストでも、ある程度以上の組織規模のところは声明文を出しますし、宣伝工作もします。ましてや自然に増えることがない少数派の宗教である以上、宣伝工作は必須かと思われますが」
ユキが正論を述べる。全く以って反論しようがない。そう言えば前にニュースで見た、過激な新興宗教のテロリスト集団も、別の名前で大学とかで盛んに宣伝し、勧誘をしていたのだった。
悪魔崇拝の教団のイメージとして、秘密結社みたいなのを想像したのだが、最初からある程度の力を持った組織ならともかく、信者を増やしていくためには、自分達でも見つけるのが苦労するほど秘密にしていたら、人が気付かない。気付かない以上信者は増えないし勢力も大きくならない。それに人間に寿命がある以上、そんな縮こまった運営方針では高齢化して次第に人数も減り、そのうち空中分解して消滅してしまう。
「その通りだな。どうせ集会みたいなのがあるんだろう。ドレッド卿に話して、この街の兵士と一緒に踏み込むとするか」
コウはそう決断し、その日は解散した。
次の日ドレッド卿に時間を取ってもらい、昨晩ユキから得た情報を話す。
「まさかそんなことが起きているとは……どこでその情報を仕入れられたのですか?」
「申し訳ありませんが、情報源は明かせません。ドレッド卿もこういった場合の情報源を秘匿する重要さはご存じかと思われます。私達が主戦力となりますので、幾人かの兵士をお貸しいただけないでしょうか。私達の情報が正しかったかどうかは集会で捕らえた人々を調べればわかるでしょう」
「それは勿論です。寧ろこの街のことですから、私が主体となって動くべきでしょう」
生きて帰ってこられたとはいえ、社会的には殺されたも同然である。娘が犠牲になったため、ドレッド卿はやる気満々であった。これがもし相手が政敵だったのなら、万が一、コウ達の調査が誤りだった場合に、反動のダメージが深刻なので、時間をかけて調査を繰り返し慎重に進めるのだろうが、今回の相手は邪教信仰の集団で、少なくともこの街ではそれほど権力は持っていない。集会場も街の端にある廃屋の地下に作られた空洞だった。出入り口さえ固めておけば、さほど人数を動員する必要もなかった。
次に集会が行われたのは3日後だった。教団の秘密集会は基本的に週に1回のペースで開かれているようだ。
3日後、廃屋へ連れ立って入っていく人々のシルエットをコウ達は隠れた物陰から見ていた。兵士は10人いる。出入り口はサラとマリー及び兵士3人が押さえ、集会現場には自分とユキと兵士7人で踏み込むことにする。
廃屋の床に地下へと続く結構大きな階段が作ってあった。人一人が普通に立って降りていくことができる。
階段を下り切り、祭壇がある地下の空間へつながっている扉を開ける。中ではローブ姿の庭師のデモインが演説をしていた。
「滅びの時は刻一刻と近づいている。助かることができるのはレノイア教の信徒だけだ。さあ、今日も神託の巫女とレノイア様にお祈りを……! 誰だお前たちは」
演壇に立っていたデモインは、コウ達に気付くや演説を中断し、吠えるように叫んだ。
「デモインだな。シェトリナ嬢誘拐容疑の件で取り調べを行わせてもらう。大人しく付いてきてもらおう。ここにいるものも全員だ。もし反抗するなら容赦はできない」
現場にいたのは50人ほどで、武器も持っていない一般市民だった。コウの淡々としていながら有無を言わさない威圧と、兵士たちの物々しい様子に、力が抜けて座り込む者もいた。唯一デモインが魔法を使って抵抗しようとしたが、その前にナノマシンから睡眠薬を注射して眠らせた。
あっけないほど簡単に事件の犯人は捕まった。
後書き
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