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オルネフォルの軌跡  作者: はづき愛依
祝福の園 Ⅲ
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 すると、メルキゼデクはこう言った。


「寿命という既成概念が自分の中に生きているから、死を望んでしまうんですよ」

「でも、仕方ないじゃないか。寿命があるのが当たり前だったんだから」

「では。これは飽くまでも私の持論ですので、何となく聞いて下さい」


 メルキゼデクは立ち上がり、演説するように饒舌に話し始めた。


「命とは、自然の摂理とは異なった次元のものです。もしも同じような世界が並行して存在しているならば、その世界では命の既成概念が覆されていると私は考えます。命とは本来、自分にも、他人にも、誰にも操れない、自分の中に存在するもう一つの世界。そして、もう一つの自分の意志。故に、命が外界の身体うつわとの接続の切断、つまり、肉体の終わりと継続を選べるのです。

 命には意志がある。そして、外界と己の意志を繋いでいる。その繋がりが、私たちの人生と寿命となっています。その命が紡いだ糸が丈夫なら人生は続きますし、ほつれた糸なら人生はぷっつん。つまり死です。私たちの命が紡いだのは、極太の鉄のワイヤーだったんですよ。だからこんなに永く生きている。そう考えたら私たちは、優れた命の持ち主なのですよ。これまで生まれ死んでいった人間の、誰よりもね」


 正座で聞いていたサンダルフォンはぽかんとし、目をぱちくりさせる。


「……前半の話はよくわからなかったけど。つまり、わたしたちがここにいるのは間違いじゃない、ってことでいいのかな?」

「そう言うことです」


 メルキゼデクは、一層口角を上げて頷いた。また昔のクセが出ていた。メルキゼデクはその自覚がないまま、話を続ける。


「それに、今の物質界を見てご覧なさい。私たちが追い付けない程の進化を遂げているではないですか。こんな面白い発展をするなんて、あの頃は夢にも思いませんでしたよ。もし人間として生きていたら、こんな光景は見られませんでした。そんな世界、見応えしかないと思いませんか?」

「……そうだね。知らないものが多くて、見ているだけでも楽しいかもしれない」

「でしょう?なら、先人として見届けてあげようじゃありませんか。禁断の果実と、グリゴリの知恵を得て数千年。これからも更なる発展を遂げるのか。それとも、塵に積もった原罪の代償で実を腐らせていくのか」


 メルキゼデクは、微笑を浮かべて言った。常に浮かべている何を考えているのか伺い知れないものではなく、侮蔑を覗かせた微笑みで。

 一方でサンダルフォンは、憂う面持ちを見せる。


「……ねぇ。物質界は、昔に戻ってしまうのかな。また争いばかりの世界になってしまうのかな」

「さぁ、どうでしょう。人間は平和を愛していますが、争いも好きな浮気性ですからね。これで眠っていた種が再び芽吹いたのなら、それもまた人類史の必然なのかもしれません。他人を傷付けるのは、もはや不治の病でしょうね」


 我感せずなメルキゼデクは、とうに縁が切れた場所だから関係ないと完全に他人事にしている。反してサンダルフォンは、瞳を下げ何かを思案する。

 後悔やら憂慮やら罪悪感やらで心に負担をかけ過ぎて、もうだいぶ疲れていた。何もかもを投げ出して、流浪の旅にでも出たいような気分だった。旅に出られなくても、少しでも休息がほしい。そして休息が終わったら、元の職務には戻らず、違うことがしたいと思った。


「……メルキゼデク。わたしも議会に入りたい」

「おや。貴方からそんな言葉が聞けるとは、少々意外ですね」

「意外、かな」

「確か以前は、議員候補でしたよね。私が横入りしてしまった所為で加入の予定が保留となり、結局は白紙になったと聞きましたが。どうして今になって」

「本音を言えば議会なんて興味ないし、議員なんて向かないだろうって思ってた。今でも思ってるけど。でも物質界が……わたしがいた場所が岐路にあるのなら、その道が間違った道にならないように何かできないかと思うんだ。多分わたしも、岐路に差しかかったんだ」


 この選択は、正義感からではない。同志の暴走を止められなかった罪悪感を消す為の償いだと、サンダルフォンは自覚している。ただの自己満足かもしれない。だから、ただの自己満足の償いにしない為に、「統御議会議員」の肩書きを背負い、本気で物質界と人間の未来を考えることを決めた。


「いいのですか。今回の件の後始末で、統御議会はこれからバタバタですよ?」

「そうだよね。だから今すぐじゃなくても、近いうちに議会側とその話をしたい。メルキゼデクから、そのことを伝えてくれないかな」

「わかりました。いいでしょう。すぐに加入はできないかもしれませんが、話を通しておくくらいはできます。私から、サンダルフォンの意思を議長に伝えておきましょう」

「ありがとう、メルキゼデク」


 この永遠の時間の流れの中で、精魂尽きるまで責務を全うする。罪過の色が、生まれたての命の色になるまで。


「さて。私たちも帰りますか」


 メルキゼデクは、小川の方へと向かい始めた。それを見て、サンダルフォンも立ち上がった。

 しかし、そのまま帰ることはできなかった。放っておいたら、ずっと硬い石に座りっぱなしになって石と同化してしまいそうな友に、一言声をかける。


「メタトロンは、これからどうする?」

「……私は……」


 精神的ダメージでキャラクターがすっかり陰鬱化してしまったメタトロンは、蚊が鳴くような声で一人称だけ呟いてまた沈黙した。


「行かないのですか。私は先に降りますよ」


 陰鬱が移ってしまいそうだと思ったメルキゼデクは、一足先に橋を渡って行ってしまう。

 サンダルフォンは、友の答えを静かに待った。

 メタトロンは、鬱々となりながら思い出し、考えていた。人間だった時のこと。天界に来られた時のこと。幸福だと感じていた時のこと。辛いと感じた時のこと。憎いと感じた時のこと。楽になりたいと思った時のことを……。

 命は自分と繋がっている。人生は命と繋がっている。けれど、自分は誰とも繋がっていない。

 命は世界。自分の中の世界。自分と自分のせかいは繋がっている。じゃあ、自分と物質界は繋がっているのか……?

 物質界は、生まれた世界。生きた世界。大切な人がいた世界。色んな記憶おもいでが生きている世界。

 もう、誰もいなくなった世界。何もない世界……。

 ……本当に……?

 本当は、何もなくなっていない。生きた記憶がある。忘れられない記憶がある。記憶が残る世界。自分と繋がっている世界。唯一繋がっていたい世界。

 自分が、自分でいられた世界。

 今は……自分はここにいるのだろうか………。

 すると。一羽の蝶がひらひらと飛んで来た。蝶はメタトロンの目の前を不安定な羽ばたきで横切り、川の向こうに飛んで行った。

 蝶を見つめていたメタトロンは、徐に立ち上がる。そしてその視線を、揺れるオーロラのカーテンに───その向こう側に意識を向け、一度目を瞑った。

 次に目を開いた時、メタトロンの視線は別の方を向いていた。

 視線の先には、これからの道を一緒に歩み出そうとしてくれている友がいた。




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