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オルネフォルの軌跡  作者: はづき愛依
祝福の園 Ⅲ
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7




 一時の沈黙。草が囁く声だけが微かにする中、誰かが乾いた笑いを溢した。


「まさか、そんな下らない理由の計画を、神からの大命だと思い込んでいたとは……私は一体、何をしてきたのだ」


 笑いを溢していたのは、アブディエルだった。


「アブディエル」

「神の意志と人間の意志の区別も付かないとは。とんだ笑い種だな」


 その笑いは、自分への嗤笑ししょうだった。

 アブディエルは、揺るぎない自信を持っていた。ルシファーを堕とした時から指導力と求心力を更に積み重ね、神への忠誠をそれまで以上に誓い、実直なまでに職務に邁進してきた。天界を支える主柱として。あるいは、親に愛されたいが為に振る舞う子供のように。

 ルシファーよりも神に愛されること。それがアブディエルが望んでいた自分のかたちであり、存在する意味だった。その為だけに邁進してきた。周りからどんな目を向けられようとも、愛されるべきは自分たちなのだと信じて。その信念のもと積み重ねてきたものの殆どが、おもちゃのブロックだったのだ。


「神からの大命だと思って素直に従っている私たちを見て、さぞ愉快だっただろう。私怨を果たせると思って爽快だっただろう」


 ブロックに乗せられている人形としての時間が、アブディエルの幸福な時間だったのだ。


「……しかし、お前の計画は失敗だ───メルキゼデク。皆に帰還を伝達しろ」

「畏まりました」


 命を受けたメルキゼデクは、速やかにその場を離れた。


「アブディエル。お前……」

「神の大命でないのなら、遂行する意義も従う理由もありません。計画は中止します」

「…!」


 絶望に伏せていたメタトロンが顔を上げ、捨てきれない望みを含んだ面持ちでアブディエルを見た。アブディエルは一瞥したが、その存在に付加していた価値は消滅したので完全に無視した。


「ありがとう、アブディエル」


 目を覚ましてくれたアブディエルに悠仁は礼を言うが、アブディエルは悠仁も一瞥しただけで謝罪も何もしない。過誤と責任感とプライドが押し合っている最中で、それよりもポーカーフェイスを維持するのに精一杯のようだ。


「私なら、ルシファー様以上に議長を務められると思っていたのですが、信頼を損ねる大失態を犯すなんて。自分を過信し過ぎていたようですね」


 アブディエルは、永い間ずっと張っていた肩を少しだけ落とした。


「……私は、議長には向かなかったんでしょうかね。やはり天界には、ルシファー様のような方が必要なのかもしれません」

「アブディエル……」


 アブディエルは、ようやく自身の器量を自覚した。自分の身の丈に合わない、広く立派過ぎた舞台だったと。しかし、例え三流役者だったとしても、一度でも華々しい舞台に立てたことは彼の誇りの一端となったに違いない。

 だいぶ脱線してしまったが、ここで悠仁はアラボトに来た本来の目的を思い出して話を切り出した。


「じゃあ、再審をしてルシファーの無罪判決を」

「元々、再審をする為にここに来たのでは?それに私には、はっきりさせておかなければならないことがあります」


 そう。計画の黒幕を暴き阻止の目的は果たされたが、もう一つ明らかにしなければならない真実がある。

 アブディエルは、当事者のルシファーの正面に立った。先程までのように詰問するつもりはもうないが、統御議会議長として、隠匿され続けてきた真実を明るみに引き出すべく、再審の前にその場で取り調べを始めた。


「先程も話に出ていましたが、貴方は人間と交わった罪を犯しておきながらそれを隠蔽していた。最初の裁判で私がそれを問い質した際、動機こそ黙秘したものの、貴方は罪を認めた」


 大罪隠蔽の真実を知りたい悠仁たちは、アブディエルの取り調べを遮ることなく静かに見守る。


「しかし貴方は、あの大罪に関する重要な何かを隠している。黙秘がそれを証明している……違いますか」

「………」


 問い質されたルシファーは無言になる。まるで逡巡するように。アブディエルの口から、真相が出るのを待っているように。

 口を割らないルシファーを見て、要求に応えるようにアブディエルは確信に迫る。悠仁に視線を向け、ルシファーを問い詰める。


「この人間、菅原悠仁は……貴方の子孫ですね」

「!?」


 悠仁は目を丸くしてルシファーを見た。


「……そうだ」


 ルシファーは静かに事実を認めた。悠仁の方を一切見ずに。


「貴方は人間の女性に子供を孕ませ、そのまま生ませた。その子供は方舟に乗せられ大洪水を生き延び、子孫を残し、その後も血統は受け継がれた。菅原悠仁はその直系の末裔。そうですね」

「その通りだ。ヤダティ・アサフで調べたんだな」

「貴方が何故この人間を選んで自分の意志を残したのか、少し気になって調べました。裏付けで歴史を遡るのに、大変な苦労をしましたよ」


 実際に調査したのはヨフィエルだが、自分が調べ上げたかのようにアブディエルは肩を竦めた。しかしヨフィエルなら、手柄を横取りされてもアブディエルになら喜んで譲るだろう。


「そんな……嘘だろ」


 悠仁は両目を見開き、駭然を露にする。


「俺と、ルシファーが、血縁関係……?そんな話、信じられるかよ」

「では、アスタロトが証言したと言えば納得かな」

「……オレ、知ってる。全部」


 ずっと存在感がなかったアスタロトが、数十分振りにしゃべった。予言能力を有する彼が言うことならば、間違っても虚言などではない。悠仁は真実を受け止めるのが必然だった。

 初耳のミカエルも言葉を失くしたが、一方で完全に合点がいった。

 ミカエルが当時、裁判の結果を聞いた時、ルシファーは自ら堕天を望んだという話だったが、被告人の希望が通されたことが不思議だった。罪人擁護と謀反容疑しか問える罪がなかったのに、当人の希望だからという理由で最高刑を下すだろうかと疑問を抱いた。しかも被告人が被告人だったので、それはあり得るのかと余計に腑に落ちなかった。

 その後、匿っていた時に独立の意志をルシファーから告白され得心したが、判決の裏にも独立の意志の裏にも、この白日の下に晒された事実があったのだと理解した。

 まさに、青天の霹靂。ミカエルは、もう望みを叶えるのは無理だと悟った。


「ルシファー様。貴方が何故そのような大罪を犯したのか、理由を聞かせて頂けませんか。貴方の子孫には……いや。ここにいる全員に、それを知る義務がある」


 それが貴方の最後の責務だと言うように、アブディエルは求めた。希求の眼差しが一点に集中する。

 ルシファーは静かに息を吐いた。


「……そうだな。もういいか。全てを話しても」


 荷を下ろしたかのように緊張感を脱いだルシファーは、隠匿し続けていた真実をその口で明かす時を迎えた。


「では、相応しい場所に移ろう。そこで全てを話し、完結させよう」




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