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オルネフォルの軌跡  作者: はづき愛依
祝福の園 Ⅲ
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2




「お邪魔しますよ」


 やって来たのはアブディエルだ。補佐官のメルキゼデクも一緒におり、その後ろに二つの人影があった。薄暗い上に前の二人の影に隠れていて、その顔ははっきり見えない。


「アブディエル。何しに来た」

「それはこちらの台詞です。ミカエル様こそ、入口に人払いを置いて大罪人と何を話されているのです」

「今のところは、聞かれていいことしか話していない」

「と言うことは、大事なお話はこれからですか」

「一体何の話だ」

「堕天使たちと結託しているのは、メルキゼデクから聞きました。ルシファー派のミカエル様が我々の邪魔以外に何を考えているのかも、察しはつきます」

「それは単なる想像じゃないか」

「貴方がルシファー派というだけで、想像ではなくなるんですよ」


 ミカエルが誤魔化そうとしても、アブディエルの表情は全てお見通しだと言う。


「正義感をかざすのはいいですが、いけませんよミカエル様。堕天使と結託するだけでなく、人間を巻き込んでは」


 そう言うとメルキゼデクは、後ろにいた一人の姿を見せた。


「用がなくなったからと言って、放置は尊敬できませんね」

「ユージン……!?」


 ミカエルは驚いて目を疑った。絶望して気力を失い国に帰ったとばかり思っていたのに、何故アブディエルたちと一緒にいるんだと混乱する。

 悠仁はミカエルと目を合わせない。連れて行きたい所があると言われて付いて来たが、こんなすぐにミカエルに再会するなんて思っていなかった。状況の説明よりも、後ろめたさでこの場から離れたかった。


「……悠仁……?ミカエル。悠仁がいるのか?」


 牢屋の中のルシファーは聞いた。その声が悠仁にも届き、自身の耳を疑った。


「……ルシファーの声……」

「ああ。ここにいる」


 そう聞くと、立ち去りたかった筈の悠仁は引き込まれるように、天窓の斜光を頼りに声の方に一歩ずつ歩み寄る。

 ルシファーがいる牢屋に近くなると、中のほのかな蝋燭の明かりが漏れて見えた。悠仁は、その蝋燭の明かりよりも輝く光が暗闇から現れると信じ、牢屋の中に視線を送りながら近づいた。

 正面まで辿り着くと、地べたに座っている人影に気づいた。


「………ぁ」


 愕然として、言葉が出なかった。

 そこに、悠仁の知っている光はなかった。

 その印象が、だいぶ違っていたのだ。金と赤の瞳は変わらず、人相が変わった訳でもない。ただ、

 あの、旭光のような美しい金色だった髪が、闇のような漆黒の色に染まっていた。


「悠仁……本当に悠仁だ……まさか、こんな所で再会できるなんて」


 思わぬ再会に驚くも、ルシファーは嬉しそうに微笑んだ。久し振りに見る笑みだった。

 悠仁は髪色を見ただけで、彼は変わってしまったのかと思った。しかし髪色は変わっても、彼自身は変わっていなかった。

 そんなことはわかっている。知っている。だって、人間の彼とほんの一ヶ月くらい前まで一緒に暮らしていたのだから。天使の彼とも一緒にいて、知っているのだから。

 変わってしまったのは、寧ろ……。


「………」


 悠仁は鉄格子を掴んだ。そして、力が抜けるように地面に膝を突いた。


「ルシファー……俺は……」


 ルシファーと再会できた喜びよりも、それを遥かに勝る感情の津波が押し寄せた。顔を合わせられなくて、俯いた。


「ごめんなさい。ごめんなさい……」

「ミカエルから聞いた。謝るのは私の方だ。君の負担を全く考えずに、私の勝手で押し付けてしまった。一人の人間には背負い切れない重責だと、気づかなかったんだ。君をこんなに苦しめることになるなんて……悠仁。本当にすまない」

「……俺は、応えたかった……貴方の力になるって、もう間違わないって思って……なのに、俺は……」


 懺悔の言葉を口にする度に、目に涙が溜まってくる。


「悠仁。君は頑張ったよ。君には感謝しかない。私の思いを大切にしてくれたことだけで、十分だよ」

「でも、俺は逃げた!放棄した!自分の意志も、世界の未来も……人間の命も……!」

「もういいんだ。十分に力を尽くしてくれたよ。悠仁は何も悪くない。悪くないよ。だから泣かないで」


 ルシファーは鉄格子の間から手を伸ばし、悠仁の頭を撫でた。人間が我が子を慈しむように。


「私の意志を継いでくれて、ありがとう」


 ルシファーは、悠仁を特別だと思っていた。だから、希望を託すべきは悠仁だと考えた。けれど、特別だと決め込んだのは間違いだった。悠仁は現代に生まれた、ごく普通の人間なのだ。例え自分と関わっていてもそれは彼の人生において不変なのだと、ルシファーは気づけなかった。


「さて。懺悔の時間はもう宜しいですか?」


 全く興味のないアブディエルは、時間の無駄だとばかりに二人の再会のひとときを遮った。


「ミカエル様のご用事は宜しいのですか。ルシファー様を説得されるおつもりなんでしょう?話すのなら今しかないですよ」

「ミカエル。説得とは、あの話か」


 ルシファーは、渋ったような目をミカエルに向ける。

 ミカエルは昔、ルシファーに天界へ戻らないかと説得していた。その時、戻ることはないと言われたのだが、諦めきれていなかったのだ。


「私も、こんな所で油を売っている時間はないのです。それはミカエル様も同じでしょうから、手早くすませて下さい」


 何故アブディエルに急かされ、しかも敵対する彼の前で説得をしなければならないんだと、ミカエルはアブディエルたちを追い払いたかったが、彼の言う通り時間はない。


「ミカエル。前にも言ったが……」

「お前は、物質界を心配したから色々調べたんだろ。天界がおかしくなっていくのを黙って見ていられなかったから、どうにかしたかったんだろ。それなら手っ取り早く、お前が天界に戻って来ればいい。天界にはお前が必要だ。天界の正義を今一度、お前の力で復活させてくれ」

「ですが、悠仁は阻止を拒んだのではないのですか?ミカエル様は、悠仁の心を再び踏みにじるおつもりで?」


 メルキゼデクの言葉で、ミカエルは説得にブレーキをかけた。地面に膝を突く悠仁を見る。数時間前の悠仁を思い出すと、ブレーキを踏む足を外せなかった。

 ミカエルは倦ねた。すると、悠仁の口が開かれた。


「……ルシファー。俺からも頼みます。今は、貴方の力が必要です」

「ユージン……」

「お願いします。俺はもう現実逃避しないし、投げ出したりしません。俺の意志を、人間の総意として受け取って下さい」


 悠仁は顔を上げ、潤んだ瞳で再び計画阻止の意志を示した。諦めたことを後悔し、絶望しても諦めない方を選んだ。それは、ルシファーの思いを汲んだだけではなく、自分の意志も尊重した選択だった。


「聞いただろルシファー。ユージンが二度も同じ意志を示したのなら、オレたちがやることは一つしかない。それには、お前の力が必要だ」

「だが、私はもう天使ではない。それに、そう言うことではないんだミカエル」

「心配しなくても大丈夫だ。お前の堕天判決に対して、再審請求する。丁度ここに、統御議会議長殿もおられるしな。裁判のやり直しが認められれば、オレがどうにかして無罪判決にする。そうすればお前は天界に復帰できて、権力も取り戻せる」


 ミカエルは天界復帰の必要性を訴え、裁判のやり直しを認めるよう求めた。しかし。


「ミカエル。私は……」

「再審は希望しない。そうですよね、ルシファー様」


 時間がないと言っているのに、またアブディエルが割って入って来た。


「勝手な代弁で邪魔をするな、アブディエル」

「失礼致しました。ですが、ルシファー様はそう言おうとしていたんですよね?」

「そうなのか?」


 ミカエルが問うと、ルシファーは無言で頷いた。


「何故だ。天界に戻れるかもしれないんだぞ」


 ルシファーは、天界に戻る気は一切ない。それは悠仁の予想通りだった。

 だがしかし、その意志の裏には、ルシファーが絶対に天界に戻れない理由が潜んでた。


「ルシファー様。こんな機会なんてもうないのですから、告白してしまってはいかがですか」

「アブディエル。お前は黙っていろ。そもそもお前は、ここに何しに来たんだ」

「何って。ルシファー様を再び裁く為ですよ」

「既に堕天していると言うのに、何を罪に問うと言うんだ」

「その方は、とある大罪を隠蔽していたんですよ」

「えっ……!?」


 悠仁もミカエルも、衝撃的発言に耳を疑う。ルシファーの罪は統御議会への謀反、ひいては神に対する裏切りだけではないと言うアブディエルが、ミカエルの計画を邪魔する為に嘘を吐いているとしか考えられなかった。

 二人は恐る恐るルシファーの反応を窺う。二人と視線を合わせずに、ルシファーは言った。


「ミカエル。私は天界に戻れない。戻る資格がないんだ」

「……隠蔽……したのか?」

「昔……統御議会議長だった時に大罪を犯し、それをずっと隠蔽していた」


 驚愕のあまりにミカエルは絶句する。正義と調和の象徴のルシファーの口から隠蔽という言葉を聞き、これは騙されているのだと自分に強制的に思い込ませようとした。




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