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オルネフォルの軌跡  作者: はづき愛依
祝福の園 Ⅲ
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 天界。第六層ゼブルの公安本部に、思ったよりも早くミカエルは戻って来ていた。

 当初の予定通りバチカン市国へ行き、そこから天界へ戻るつもりだったが、ベリアルと別れた直後に機密捜査班の部下が迎えに来た。物質界と繋がる出入口の封鎖を知ったラグエルが密かに一ヶ所だけ道を開けたと聞き、そこから帰ることができたのだ。

 ラグエルから報告もあるようなので、今は一度、司令室に腰を落ち着けていた。


「予定より早く戻って来られたのは、ラグエルのおかげだ。だが何故、出入口の操作ができたんだ。まさか、アブディエルが手を貸してくれた訳でもないだろう」


 天界と物質界を繋ぐ出入口の開閉は、統御議会議長にしか権限を与えられていない。議事堂への潜入調査もしていなかったラグエルだが、どうやってそれを可能にしたのだろうか。


「実は先日、七大天使アーク・シェヴァが議会に召集されたので、僕も行ったんです。その理由なんですが、」

「物質界に降り、計画の阻止をしようとする邪魔者を足止めせよ。とでも命令されたか?」


 ミカエルは、ラグエルが淹れてくれたハーブティーを啜った。言い当てられたラグエルは、いささか驚いた顔をする。


「その通りです。何故それをご存知で?」

「さっき物質界で、その面子と顔を合わせて来たばかりだ」

「そうなのですか。ですが、ミカエル様が物質界に降りたのは、とある人間の護衛の為ですよね。狙われる理由はない筈です」

「そうだったんだが、護衛していた途中で思いがけず計画阻止の任務が増えたんだ。その矢先に襲われた」

「それは災難でしたね」

「相手をする暇はなかったから、同盟の堕天使たちに対処は任せたけどな……と言うことは、お前は任務に行かずに方法を探ったのか」


 ラグエルによると、出入口の封鎖を一時的に解除できる鍵があるらしい。七大天使を降ろす時、メルキゼデクはアブディエルから預かった鍵をモニュメントに埋め込まれている操作盤に挿して出入口を開けていた。ラグエルは鍵をメルキゼデクのポケットからこっそり抜き取ると、仲間と一緒に降りずに残り、見ていた手順で操作し出入口を開けたのだ。


「何だか手口がスリみたいだな」

「それは言わないで下さい。僕も本当は嫌だったんですから」


 機捜班はその名の通り、天界上層部に極秘に潜入して捜査にあたる。以前ミカエルが議会の特別顧問になったように、周囲を欺いて任務にあたることが殆どだ。必要があれば、鍵がかかった部屋に入ることもある。だから所属した者には、欺瞞や手を使ったテクニックが嫌でも身に付いてしまうという特典があとから付いてくるのだ。


「それで。オレがいない間、議会はどうだった?」

「数年前から製作していた装置は、完成したようです。それから、拡張したナハロフト・ベラハの整備も念入りに行っていました」

「そうか。準備は万端と言う訳だな」

「ミカエル様。僕には、あの装置がおぞましいものに見えてなりません。議会は何をするつもりなのでしょう」

「ラグエル。お前はいい感覚を持っているな。その通り、あれは悍ましいことをする為のものだ」

「ナハロフト・ベラハの拡張。ベラハに繋がっている装置……つまり、物質界に何かが起こる」

「そうだ。議会の計画は、物質界の再構築。計画を阻止しなければ、装置が稼働することになる」


 狂った議会の画策を忌わしく思うラグエルは、表情を歪めた。公安部職員の立場関係なしに、議会の所業は一天使として絶対に許せはしない。


「ミカエル様は、計画を阻止するおつもりなのですよね?」

「ああ。人間代表の意志も確認している。だが……」


 ミカエルは考える。機捜班が集めた情報だけでも検挙できるだろうが、それよりも確実で手っ取り早い方法を取るべきだろうかと。

 自分や部下を信じていない訳ではない。しかし、これまでアブディエルには上手く言い逃れをされてしまっている。証拠を突きつけても、真っ当らしく聞こえる適当な理由で、また網をするりと抜けられてしまうかもしれない。それを懸念し逼迫した状況を踏まえると、失った光を復活させた方が最短のように思えた。


 ミカエルはラグエルと共に、公安本部の別館に向かった。木々の間から覗く木漏れ日が窓から注がれ、静かな廊下は二人の足音以外しない。不思議なくらい誰とも擦れ違わない。特定の理由がなければ来ることもないので、本館などと比べれば極めて人影は少ないのだ。

 ミカエルが来たのは、罰に問われた軽犯罪者を聴取・拘留する棟。拘束されて来た者が入る牢屋や聴取する部屋、管理室等が入っている。しかしここ数百年、牢屋が埋まるまでには至っていない。

 アブディエルの力で統制され始めてからは犯罪者の数が減少傾向になり、現在はそんなに使われていなかった。それもその筈。今の天界はアブディエル派の者が大半だからだ。統治者を支持する者の中に、反発する者はほぼいない。だから聴取ようじがなくなり、人員削減の人事異動があるなどして余計に人影も少なくなった。

 地下牢への入口に到着すると、ラグエルを人払い要員として残し、ミカエルは片手に炎の明かりを灯して地下牢へ続く階段を降りた。十段も下れば射し込む木漏れ日は薄くなり、その倍を降りれば手元の灯りがなければ足元が見えなくなりそうだ。

 一階分を降りて平坦な場所に着くと、ミカエルは炎を消した。天井の小窓からささやかに降り注ぐ外光で、地下牢は多少困る程度の薄暗さだった。

 そんな地中の空間には、片側に四つの牢屋が並んでいる。ミカエルは手前から三つ目の牢屋の前まで歩き、立ち止まった。


「安心した。ちゃんと大人しくしててくれたんだな」


 ミカエルは、心許ない蝋燭の火が灯る牢屋の中の暗闇に話しかけた。そこには、かつて煌々と輝いていた天界の光が沈黙していた。枷で繋がれてはいないが、昔のような輝きは見る影もない。


「私を捕まえておいて、一体何処へ行っていたんだ?」

「任務で物質界へ行っていた。とある人間をアブディエルから守る為にな」

「人間の護衛とは、天界史上始めてじゃないか。だが、誰かの命令という訳ではないんだろう?」

「オレが独自で判断した」

「いいのかい?公安部最高責任者の君でも、人間に介入したら罰せられるのに」

「それを覚悟で動いていない。それに、寧ろ罰を受けるべきはアブディエルの方だな。天使にあるまじき所業は、正常な思考を持った奴から見れば即極刑処分ものだ」


 その文脈から察したルシファーは、瞳をミカエルに向けた。


「……計画を知ったのか」

「お前が人間だった時に使っていた、PCとやらに書いてあった」

「どうやってそれを」

「お前の家にあったんだから、方法は一つしかないだろ」

「もしかして……悠仁が?」

「お前が残した本当のメッセージに気づいて、一生懸命あの短文を解いてくれたよ。その所為でアブディエルに狙われたんだけどな」

「そうか……悠仁が……」


 自分が残したものが危機を知らせるべき相手に───望んだ者にちゃんと届いたことに、ルシファーの口元は安堵した様子を覗かせた。


「オレも一緒に考えたけど、だいぶ凝った問題だったよ」

「議会にPCが見つかっても、証拠が見つからないようにしたかったから」

「それでもあいつ、本当に頑張ってたよ。お前の意志を無駄にしない為に、危険な目に遭ってもやり遂げようとしていた。本当は、色々考えてここに連れて来るつもりだったんだが、諦めるしかなかった」

「悠仁に何かあったのか?」


 案ずるルシファーは聞いた。遭遇した出来事を想起するミカエルは、疎ましい思いを滲ませて口にする。


「……オレたちは、爆破テロに遭った」


 ルシファーは表情に驚愕を浮かばせた。


「アブディエルの計画阻止を決めたあとだった。目の前でトラックが爆発して、大勢の人間が犠牲になった」


 それは、ルシファーにとっても想定外のことだった。


「……ルシファー。物質界は変わったよ。変わってしまった。それを目の当たりにしたユージンは、急激に変わった世界に耐えられなかった。自分が選択した未来に、押し潰されたんだ」

「……」


 私は………。

 予想もしていなかったことに、ルシファーは動揺を隠せなかった。


「それで……悠仁は?」

「あいつは……」


 そこに、階段を下る幾つかの靴音が反響して聞こえて来た。




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