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それから暫くだらだらと無駄話をしながら時間を潰して待っていると、四人組の集団が人払いの結界を越えて近付いて来た。
「あ。来た来た」
「ルシファー様天界復帰同盟、参上致しました」
やって来たのは、ミカエルが呼び寄せた同盟に参加した堕天使たちだった。顔付きが厳つめな者、格闘家っぽい身体付きの者、三角帽を被った者、キラキラした王子様っぽい者と、キャラクターが三人三様だ。
「急な召集にも関わらず来てくれてありがとう」
「ミカエル様がお呼びとあらば、私たちは何処へでも参上致します」
「と言うか、首を長くして命令を待っていたくらいですよ」
ベリアルという先例はあったが、悠仁は堕天使たちの普通さに面食らってしまった。
堕天使と聞くと、怖い顔つきだったり耳が尖っていたりと、悪魔と似たような姿を想像してしまいそうだが、彼らもベリアルと同じように昔の姿を保ち、身体中から邪悪が溢れ出ていることもない。普通に、天使を辞めた元天使たちだ。
「ユージン、紹介するよ。ごついのがバラム。帽子がバルバトスで、小綺麗なのがパイモン。それからベレト。みんな堕天した天使だよ」
「ベレトって、あのベレティエルだよな?」
ベリアルから少し聞いた話を覚えていたので、悠仁はそのうちの一人が顔見知りだとすぐにわかった。相変わらず背中に板が入っていそうな背筋の堕天使は、悠仁に注目した。
「この人間が、お二人が護衛されている方ですか。どうして私の昔の名を?」
「ベレト。ユージンは、昔ボクと一緒にルシファーの勤仕をしていたハビエルだよ。覚えてるかな」
「なんと。あの時の……かなり昔ではありますが、覚えています。しかし何故、人間の姿に。貴方も後追い堕天を?」
「いやいや。俺は本当は人間で、ルシファーとも現在の物質界で知り合ってたんだ。その縁で、天界に天使として行くことになって。て言うか、気がついたら時間も世界も超えて天界にいて……」
「すみません。時間や世界を超えるとは、一体どういうことですか?」
「うーん。上手く説明できないけど、超常現象的なやつって言ったらいいのかな。時間を超えるってのは、通常の時間の流れを無視して、過去や未来に飛ぶことを言うんだ。世界を超えるは……」
「ちょうじょう……?飛ぶ……?」
聞いたことのない用語を聞いたベレトの厳つめの顔が、眉頭が寄せられたことで余計に厳つくなった。彼を知っている悠仁だが、若干ビビリそうになる。
限りある時間を生きる人間と違い、半永久的に生きる天使は時間の概念に関しては疎い。なので、科学的なことを言われても理解ができない。一緒に聞いていた他の堕天使たちも、難しい顔をしている。
「……まぁ取り敢えず、俺は現代の人間てことを理解してくれればいいよ」
理解できるように解説していたら、何度夜と朝を迎えることになるかわからなかったので、悠仁は諦めた。それよりも説明しなければならないことがあるので、同盟代表者のミカエルにバトンタッチし、彼からベレトたちに召集することになった経緯が説明された。
「───成る程。では私たちは、議会に狙われそうな人間を守ればいいのですね」
「久し振りに天使らしいことができるなんて!!!なんて光栄なんだ!!!」
「うるさいよパイモン」
騒音に匹敵する彼の声があまり好きではないベリアルは、薄ら睨みながら注意した。口の中に拡声器を内蔵しているんじゃないかと思える声量に、悠仁はびっくりする。
パイモンは、見目はいいのに声がデカいのが玉に瑕だ。因みに通常は「!!」、今のように興奮すると「!!!」くらいだが、理性が抑えられない時は「!!!!!」くらいになる。ベリアルたちは、「!!!」くらいなら不快にはなるけれど耐性はついている。
「議会はきっと統治者を狙うだろう!ミカエル様が言うなら間違いない!そして議会の計画は頓挫する!野生の勘だけどな!」
「相変わらず、バラムの声は不細工で聞き取り難いね。野生の勘も意味わかんないけど」
「すみません。のど飴をいっぱい舐めてから来たんですけど」
ジト目で貶されたバラムの代わりに謝るバルバトス。ガラガラ声のバラムの為にたくさん持っているのど飴を三粒あげたが、バラムはすぐに噛み砕いてしまった。ガリガリと凄い音がする。
「……何だか、個性が溢れてるな」
すっかり三人三様のキャラに圧倒されている悠仁。
「一見、統一感はなさそうだが、ルシファー派の者ばかりだから人間には友好的な奴らだ」
「でも、たった四人が加勢しただけで手が回るのか?」
「ご心配なく。他にも声をかけたので、あとから来る筈です」
「なんだ。結構仲間がいるみたいで安心したよ」
今でもたくさんの仲間から信頼されてる……やっぱ、ルシファーって凄いんだな。
「じゃあ、ここからは別行動だな。ベレトたちはあとから来る者たちと手分けして、独裁国家の統治者たちの元へ向かってくれ。もし議会側の奴らと遭遇して衝突しても、極力、物質界の物に損害は出すなよ。それから……」
ミカエルが指示を出していたその時。川の水が周りの木々を越え、先端を鋭利な形に変えて一同に向かって来た。ミカエルがそれを炎で防ぐと水蒸気が発生し、辺りは霧がかかったようになる。
「一体何だ!?」
「み、水!?ミカエル…じゃないよな?」
「オレは炎以外操れない」
「まさか、嗅ぎ付かれたのでは!?」
突然の襲撃に、一同は周囲を警戒する。そこへ。
「おやおや。堕天使たちがお揃いではありませんか」
後ろ手を組み悠揚とした足取りで、水蒸気の向こうから近付いて来る者がいた。
一度その容姿を見れば忘れない。湛えられた微笑と似合い過ぎるおかっぱ頭の、メルキゼデクだ。