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オルネフォルの軌跡  作者: はづき愛依
祝福の園 Ⅱ
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7




 時計の秒針の音が、微かに室内に響く。しかしそんな微々たる雑音は、誰の耳にも入っていない。

 誰も、一言も言葉を発しない。愕然の余韻だけが室内を満たしている。

 暫くして沈黙を破ったのは、ノアだった。


「───何ですか。これ……空想の話ですか?」

「……いや。本当の話なんだろう」


 ノアの誰にでもない問いかけに、ミカエルが漠然と肯定した。次に悠仁が口を開いた。


「俺も読んでて、ちょっと意味がわかんないんだけど……神様と融合?人間を全部消して、物質界を作り変えるって、何それ……冗談だろ?」

「じゃあ、これは全部作り話だと?あいつの妄想から生まれた虚言だと言うのか?」

「嘘に決まってんだろ!」


 叫ぶ悠仁は、テーブルを叩いて立ち上がる。


「強制的な融合ってつまり、一度殺されるってことじゃないのか!?冗談じゃない、ふざけるな!こんなの普通じゃないだろ!」

「落ち着きなよユージン」


 ベリアルは静かに宥めようとするが、悠仁の感情は簡単に収まらない。


「何考えてんだあいつ!アブディエルは自分がやろうとしてることがわかってるのか!?人間を、命を何だと思ってんだ!これが人殺しだと思ってないのかよ!何で急に俺たちの世界が壊されなきゃならないんだよ!」

「ユージン、落ち着け」


 ミカエルも同様に落ち着かせようとする。


「落ち着けるかよ!お前ら何でそんなに冷静なんだよ!こんな頭おかしい計画、何も思わないのかよ!?…そうか。天使だから他人事だと思ってんのか。そうだろ!だからそんなに……」

「ユージン」


 ミカエルは悠仁の目を見る。ミカエルと目が合った悠仁は、その両眼に滲み出る感情を読み取った。

 悠仁が憤慨と動揺をしているのと同じく、ミカエルも動揺していた。その隣のベリアルを見ると、彼も同じ目をしていた。

 二人の目を見た悠仁は感情を鎮火させ、静かに座った。


「……ごめん。危険を承知で協力してくれてるのに」

「いや。お前の気持ちは当然のものだ」


 ミカエルとベリアルは自分事ではないが、他人事にもできなかった。人間の望みを叶えるには至極道理ではあるが、受け入れる訳にはいかない理屈の方が圧倒的に勝っていた。人間と天使と堕天使、この場にいる全員が、同じ感情を共有している。

 悠仁が落ち着いたのを見て、気持ちを切り替えたベリアルが場を仕切り直す。


「これが、あの人が危険を冒してまで突き止めた、議会の計画……仕分けが終わってるって書いてあったよね。ということは、悪人の排除が始まってるってことですかね?」

「そう見ていいだろう」

「……なぁ。最近、殺人や殺人未遂事件が多いのは、関係してるのかな」

「だろうな。再び邪天使エンヴィルスが使われたんだろう。のちに悪意いぶつが混入しないように」


 近頃、人命に関わる故意の事件が増えていたのは、議会が再び投入した邪天使の誘惑に負けた人間が増えていたからだった。計画を遂行するにあたり、再度人間を“精査”したのだ。被疑者がもれなく言っていた「お告げ」とは、邪天使の誘惑の言葉に違いない。

 海外では日本よりも前から事件が増え始め、刑務所に収容されていた囚人が、次々と獄中で謎の突然死をする事象が多発している。少し前にニュースでその事件を知っていた悠仁は、まさかあれは計画遂行の為の行程の一つだったのかと背筋が凍った。


「邪天使が既に動き回ってるなら、片っ端からどうにかしようにもきっと手が回らないですよね」

「どのくらい降りて来ているか把握できないし、今からじゃ手遅れだな。オレたちがこれからできることは、計画の遂行を妨げることしかない」

「でもどうやって?アブディエルは多分話してわかる相手じゃないだろ。メタトロンとか言う天使に、やめろって直談判できないのか?」

「無理だ。メタトロンは、神の御座の最上層アラボトにいる。あそこにはそう簡単に立ち入ることはできない」


 ルシファーの推断で導き出された、黒幕であろうのメタトロンには会うのは難しいし、神の大命だと信じているアブディエルを説得するのも時間の無駄。議員で誰か味方にできそうな者はいないかと考えても、議会の中でアブディエルの意志を操れる者は一人もいない。

 恐らく計画をやめさせる確実な手段は、実は計画には黒幕がいてそれがメタトロンでしかも元々人間だった、という証拠をアブディエルの前で見せること。神ではなく人間の命令だったことを知れば、アブディエルの目も覚める筈だ。しかし、この逼迫した中でその機会をつくるのも困難だ。


「……ノア。大丈夫?」


 話していたベリアルは、一点を見つめて何もしゃべらないノアに気付いた。


「あ……すみません。あまりにも唐突に色々と聞いたから、何も考えられなくて……」


 これまでの日常とは遥かにかけ離れたフィクションのような話を聞いた動揺で、ノアは困惑し続けている。


「……あの。聞き間違いでなければ、ノアは永遠の命を授けられて未来永劫に渡って人間を監視する、ってありましたよね。ノアって、オレのことですか?……オレは、ずっと生きなきゃならないんですか?死ぬこともなく、生き続けなきゃならないんですか?」

「ノアさん……」


 ノアは何度も首を振る。


「嫌です……嫌です。嫌です!普通に生きたいって、ずっと、先祖の頃から思ってきたのに。普通に生きることは許されないんですか!?」

「ノア……」

「神はあの時約束したんですよ?大洪水はもう起こさないと言って、契約の虹までかけたんですよ?なのに、約束を破るんですか!?これも、見放した多くの命からの報いなんですか!?」


 短命だと悟って今を懸命に生きようとしているのに、永遠の命を与えられると言われてもノアは全く嬉しくなかった。割り切って生きてきたのだから、自分の望む生き方をして短命で人生を終える方がよかった。命の理を外れたら、それは人間ではなくなってしまう。

 絶望するノア。命の終わりを知らず、その尊さを人間程理解できていないミカエルとベリアルは、何と声をかけていいのかわからない。「大丈夫」というありきたりな言葉しか思い付かず、倦ねてしまう。

 そうしていると、悠仁が言葉をかけた。


「大丈夫です。俺は、これを残した天使に『助けてほしい』って言われてるんです。俺もこんな運命は絶対に嫌です。だから絶対に計画を止めます。この天使がやってきたことが無駄にならないように。この世界が無事に続いて、ノアさんの夢が叶うように。絶対に計画を止めてみせます」


 悠仁はノアを安心させる為に、目を真っ直ぐ見て断言した。

 ルシファーを助ける目的は、計画の阻止だけではない。誰かの命、たくさんの命、人々の未来、世界の未来を助けることも含まれているのだと理解した。希望を託された自分が項垂れていては、目の前の命どころか自分すら助けられない。悠仁は無理にでも己を奮起させ、絶望を取り除く為に強気の姿勢を取った。

 悠仁の励ましで、ノアは少しだけ絶望から立ち直れた。ありきたりな言葉でも、込められた思いの分だけ彼の心は支えられた。




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