表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
オルネフォルの軌跡  作者: はづき愛依
箱の園 Ⅱ
8/106

4




「今日の会議はどうだった?」


 執務室に入り、ルシファーから外衣をもらいながらベリエルは聞いた。新米勤仕のハビエルは、側で先輩勤仕のベリエルの行動を見学する。


「また別のところから問題が出てきた。と言うか、以前から注視してきたことが、危惧だけではすまされなくなってしまった」

「グリゴリ関係で?」


 ベリエルに外衣を託して、ルシファーは真っ直ぐに机に向かい椅子に座る。それがスイッチの切り替えのように、雑談をしていた時とは違う職務中に近い顔付きになる。


「グリゴリが物質界で犯した罪は知っているよな」


 ベリエルも真剣な表情で頷く。

 グリゴリとは、神の命で物質界に降りた二百人の天使たちのことなのだが、彼らは人間と禁忌を犯してしまったのだ。彼らは人間に天界の門外不出の知識を与えただけに留まらず、人間の女性と交わり子を孕ませた。しかも、生まれた混血児は人間ならざる生き物となり、驚異の化け物と化して物質界を崩壊の危機へと導いていた。

 それを見過ごさなかった神はミカエルら三人の天使たちに命じて捕縛させ、グリゴリは投獄された。その事件は事後に全ての天使たちに公示され、動揺と怒りをくまなく与えた。


「禁じられているのを知っておきながら、彼らは人間と交わり、自分たちが持っている様々な知恵を不用意に授けた。その結果、余計な知恵を授かった人間は悪行を働くようになった」

「最初は、身内がやらかしたことだから何も言えないと思ってたけど。人間の探求心は諸刃の剣だったんだね」

「どうにか修正を試みようと思っていたのだが、残念ながら“後片付け”をしなければならなくなった」

「神がそう決めたの?」

「ああ。そう告達された。直々に掃き清められるそうだ」

「それは本当に残念だね」


 話を聞きながらベリエルはハーブティーを淹れ、ルシファーに出した。お茶を淹れるのは、ルシファー帰宅後に最初にやる仕事だ。

 グリゴリの事件発覚後、議長として采配を振らなければならない裏で、仲間の過ちと人間への影響を心配して苦悶していたルシファーを見ていたベリエルは、神の意思がルシファーの心を痛めていることを辛く思った。しかし神の意思ならば、それに従うしかない。

 ハビエルは隙を見て、ベリエルに小声で話しかけた。


「あの。議会内の話は、外で話しちゃいけないんじゃなかったんですか?」

「そんなこと言ったっけ?」


 議会内で交わされた会話を漏らせば罰せられると、ここに来る途中で説明してくれていた筈なのに、当のベリエルは惚ける。嘘を教えられたのだろうかとハビエルは戸惑う。

 二人のやり取りが聞こえていたルシファーは、ベリエルを問い質す。


「ベリエル。ちゃんと説明してあげていないのかい?」

「したような、してないような」

「全く……すまないハビエル。ベリエルは悪い奴じゃないんだが、少々天の邪鬼でね。許してやってくれ」


 どうやらハビエルは“洗礼”を受けたらしい。ベリエルは、新たな勤仕のハビエルをあまり歓迎していないようだ。ルシファーがフォローしてくれているのに、何食わぬ顔をしている。

 いじめっ子気質の勤仕の代わりに、ルシファーはハビエルの為に改めて説明をしてくれた。


「ハビエル。君が聞いた説明は間違ってはいない。大命された事柄で“実行前・未処理”の事柄に関しては、外部に漏らしてはいけない決まりになっている。つまり、終わったことについては議員以外に話してもいいんだ。他の者たちに周知させておく必要もあるからね」

「でも今の話は、これからのことですよね」

「後片付けの件は、間もなく天界全体に開示されることになっている。物質界の歴史的な出来事になるから事前に周知させておくべきだと、先程、全会一致で決定した。だから違反ではないよ。それに」


 ルシファーは、ベリエルが淹れたハーブティーを口に運んだ。


「議会は秘密主義が過ぎると、私は思っている。大したことでなければ事後開示でもいいだろうが、事の経過を知りたがっている者も多いと聞く。特に、多くの同胞が関与した今回の件では、そういった声が多くあったそうだ。これから少しずつ改革をしていきたいと思っているが……」

「なかなか難しいんだよ」


 どうやら議会は、ハビエルが思っている程上手く回っていないようだ。ルシファーの統率力をもってしても、難しいことなのだろうか。ベリエルはルシファーから議会の内部事情を聞いて多少知っている様子だが、それ以上は新参者のハビエルには話されなかった。


 ルシファーは持ち帰った仕事がある為、二人は一旦、執務室を後にした。

 ハビエルが使う部屋を、べリエルが案内してくれる。今度はちゃんと教えてくれることを信じて、窓から外光が射し込む廊下を一緒に歩く。


「ベリエル様。気になったことがあるんですが」

「何?」

「主人であるルシファー様に敬語を使ってないのに、何故怒られないんですか?」


 気になってしまったので、聞かずにはいられなかった。自分より位階が上の天使にタメ口なんて、絶対に考えられない。しかもルシファーに対してそんな口の聞き方をしたら、あらゆる方面からどんな仕打ちが待っているか想像もつかない。天使全員からシカトをくらって、天涯孤独にはなりそうだ。

 ハビエルの質問に、ベリエルは適当に返さずに普通に答えてくれた。


「勤仕になりたての頃はちゃんと敬語を使ってたけど、ルシファーが対等でいいって言ったんだ」

「ルシファー様の方から?でも、あのルシファー様に敬語を使わないなんて……信じられません」

「だよね。ルシファーはそういう方なんだよ。だからボクは、あの方が好きだ」


 そう言ってベリエルは、少しだけ表情を緩めた。その言葉の通り、敬愛を含めた眼差しで。

 それを見て、“主”と“勤仕”という堅苦しい関係を維持しながら、それとは違う縁のような特殊な何かを、ハビエルは何となく感じた。






 それから暫くして、グリゴリの後片付けで物質界で大洪水が発生した。その洪水は全ての大地が海になる程のもので、人間と、グリゴリと人間の間に生まれ物質界に惨禍を引き起こした混血児たちを滅ぼした。その際、ノアという人物とその一族と、数多の動物が救われた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ