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オルネフォルの軌跡  作者: はづき愛依
祝福の園 Ⅱ
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5




 パスワードが《方舟》だと知った悠仁は早速、圧縮ファイルのロック解除にかかる。まずは小文字ローマ字で「hakobune」と入力してみる。しかし、それでは開かなかった。次に全て大文字で入力するがこれも違い、頭文字だけ大文字にしても違っていた。


「あれ。違うのか?」

「方舟じゃないの?」

「やり直してみる」


 それならと英語で「ark」「Ark」「ARK」と三回打ち込むが、それも間違いだと警告された。


「ダメだ。ローマ字でも英語でもない」

「じゃあ何語が正解なのさ。これじゃあ、あと何日かかるかわからないよ!」


 期待していたベリアルは、白旗を挙げた上に両手まで挙げる寸前だ。

 ノアのナイスパスがあったのにゴールを決められない苛立ちが、悠仁に芽生え始める。アブディエルたちの動向も気がかりなので、のんびりはしていられない。好きにすればいいとは言っていたがその台詞を簡単に信じられないし、もたもたして折角平穏な日常を送れているノアを巻き込む訳にもいかない。

 悠仁は苛立ちを抑え、冷静になって何とか考え出そうとする。

 もし本当にパスワードが《方舟》なら、何語に変換してるんだろう。やっぱり、英語は誰もが知ってる言語だから避けたんだろうな。あまり使われていない言語だとしたら、どの地域のものなんだ。ヒントとなるメモの答えとどう繋がってるんだろう……。

 足元にボールはある。目の前にゴールもある。あとは確実に決めるだけ。しかしゴールが小さ過ぎて何処を狙えばいいのか倦ね、チームメイト全員で立ち往生状態だ。

 すると、一緒に考えてくれていたノアが思い付いた。


「もしかしたら……古代ヘブライ語じゃないでしょうか」

「古代ヘブライ語?」

「ヘブライ語はイスラエルの公用語なんですが、現代ヘブライ語と古代ヘブライ語が存在しています。ヘブライ語は文字だけは生き続けていたんですが、一度だけ言語として使われなくなった歴史があるんです。今使われている現代ヘブライ語は、百年程前に復活した言語で、古代とは少し違います。一方の古代ヘブライ語は、国の滅亡と多言語との併用によって次第に使われなくなったものなんですが、旧約聖書の原本が書かれた時に使われていた言語です」

「それとどう関係が?」

「方舟が出てくるのは『創世記』です。そして『創世記』は、旧約聖書に載っています」

「じゃあ、古代ヘブライ語に直せば……」

「オレに任せてくれませんか。大学の時に勉強したので、多分わかります」


 ノアは本棚から辞書を持って来て、四つのそれぞれの答えを古代ヘブライ語に直していく。悠仁は隣で作業を見守った。


「パスワードを導くまでに、一筋縄ではいかないな」

「難しくし過ぎだよ、全く」


 翻訳は人間の二人に任せ、ミカエルとベリアルは骨が折れると嘆きながらお茶を啜って待つ。その間もノアの翻訳は着々と進む。

 ヘブライ語のアルファベットは全部で二十二と少ないが、発音にバリエーションを持たせる為に点などの記号を付けて表現されていて、読み方も左の文字からとなっている。ノアは辞書を引いてヘブライ文字で四つの言葉を拾い、それぞれを英語アルファベットの文字に直していく。少し時間はかかったが、訳すことができた。

《集める》→《asaf》

《人間》→《beney adam》

《楽園》→《eden》

《原初の海》→《tehom》

 そこから、四つの単語の頭文字を並べ替えた。そうすれば方舟の古代ヘブライ語なる……筈だった。ところが、ここまで来てスペルが合わない。


「おかしいな。方舟の古代ヘブライ語は『tevah』なんですけど、これでは『teba』で方舟にはなりません」


 悠仁はPC画面を睨みながら考え続けた。


「……わかった。きっとbをvに変えればいいんだ」


 俺たちは正しい答えを導く前に『ゴフェル』でパスワードがわかったけど、ルシファーがこれを作成した時は、答えを導いてから『ゴフェル』と合わせて考えることを想定していたと思う。『ゴフェル』は明らかに方舟を指しているんだし、それなら答えの多少の調整は正解の筈だ。


「そうか。それで最後にhを足せば、『tevah』になる」


 仕上げに悠仁とノアの二人が協力し、何とか古代ヘブライ語の方舟『tevah』に直せた。ここまで苦労させられ、簡単にファイルが開かれないようルシファーがだいぶ思考を凝らしたことが窺えた。


「じゃあ、入力してみる」


 待っていたミカエルとベリアルも注目する中、悠仁は圧縮ファイルのパスワード入力欄に『tevah』を打ち込む。

 そして、圧縮ファイルが解凍された。


「やった!」


 ようやく念願のゴールを決めた悠仁はノアとハイタッチし、ミカエルとベリアルも喜びと共に溜め息を吐いた。

 取りかかり始めて十数日。まさか海外まで来て解除することになるとは思わなかったが、これで前進できる。ルシファーが何を残したのかを、知ることができる。


「さぁ。喜ぶのはこのくらいにしておいて……」

「ここからが本題だね」

「一体何が書かれてるんだろう」


 ルシファーが、物質界で何を調べていたのかがわかる。


「ノア。この中に何が書いてあるかは、開かなければわからない。それでも、お前はこのまま同席するか?」


 ミカエルの問いに、ノアは覚悟の面持ちで頷く。


「じゃあ、開くぞ」


 全員の心の準備を確認できたところで、悠仁は文書ファイルをダブルクリックした。

 開かれたページの一番上にはタイトルがあり、その下に本文が長く書き記されている。


「『グノーシス機軸による方舟計画 概要』……これって……」

「まさか、議会の新しい計画?」


 悠仁とミカエルとベリアルは互いに視線を交わし、同じ良からぬ想像がそれぞれの頭を過る。

 変な緊張感が室内を漂う。さっきまで部外者だったノアも、一瞬でそれに飲まれていた。


「悠仁。読んでみてくれ」

「わかった」


 一同を代表して、悠仁が文章を読み上げる。




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