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オルネフォルの軌跡  作者: はづき愛依
祝福の園 Ⅱ
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「人間は天界を聖域だと考え、オレたち天使を特別な存在と思っているかもしれないが、物質界の方が豊かで、人間の方がよっぽど自由だ。辛いこともたくさんあるだろうが、今のこの物質界は美しいと思う。だがオレたちは、今の物質界があるのはお前の先祖のおかげだと言うのに、礎を築いた一族に対して酷薄だった。人間を救う立場にありながら無責任だった。何もできなかったのは、到底謝り尽くせない。だから恨み続けてくれて構わない。だが、一度だけでいい。受け入れてもらえないかもしれないが、謝罪はさせてくれ」


 ミカエルは椅子から立ち上がり、


「申し訳なかった」


 頭を下げた。それには、悠仁もベリアルも驚いてしまった。かなり上位の身分でありながら人間に頭を下げて謝罪する姿は、想像していなかった。悔悟を固めた面持ちは、それだけ責任と罪過を重く受け止めていた。


「もし今の物質界が危機に陥ったら、オレができることなら何でもする。罰を受ける覚悟を持って立ち向かう。今度こそ、己の信念のもと天使としての使命を果たすと、君に誓おう」


 ミカエル……。


「……ノアさん。天界も色々と事情があるんです。ミカエルの気持ちを、少しだけでもいいので理解してもらえませんか」


 ミカエルだけに背負わせられないと思った悠仁は、一緒に責任を引き受けることはできないが少しばかり助けに入った。ミカエルを通してルシファーの思いが心に沁み、満足に使命に従事できない悔恨に日々奥歯を噛み締めていることに、同情を禁じ得なかった。

 しかし、それとこれとは話が別だとノアは思うかもしれない。彼からしてみれば、遺恨を作らされた天使の方が非情なのだから。悠仁たちは半分仕方なしの心持ちで、ノアがしゃべるのを待った。

 ノアは少しの間口を閉ざすと、眉間の皺が消えてから口を開いた。


「……もう大丈夫です」

「ノアさん。恨みたくなる気持ちはわからなくもないですけど」

「そうじゃなくて……オレ、何も知らずに失礼なことばかり言いましたよね」

「ノア……」

「感情に任せて言い過ぎてしまって、すみませんでした。心中、お察しします」


 そう言って、気不味そうにしながらノアも浅く頭を下げた。どうやら、本来は良い青年のようだ。

 ミカエルは、理解してくれたことに礼を言った。悠仁も何とか和解してくれて安心し、ようやくお茶で喉を潤した。


「……あ。それで、どうしてオレの所に?」

「実は、協力してもらいたいことがあるんです」


 悠仁はリュックからPCを出して例のメモを見せ、いきさつを説明する。

 これは、ある天使が長い時間をかけて得た情報を知る為の、パスワードが隠されているメモであること。全部で四つの短文があって、それぞれの答えを書き出しその答えがパスワードになると思っていたが、躓いたままだということ。ある人物に、ノアが関わっているから協力してみるようアドバイスされたことを言った。


「バチカン市国に行かなきゃならなくて、ならその途中に寄ってみようって話になって来たんです。すみません、急に」

「いいえ。自分が関わっていると言われると、気になってしまいますね……あの。その情報というのは、天界に関することなんですか?」

「それはわからない。天界のことなのか、それとも物質界のことなのか」

「ファイルが開けない限り、その重要性もわからない。でも、確かに重要な情報がここに詰まってる。俺は……俺たちは、それを知らなければならないんです」


 悠仁たちは、真剣であることを伝えた。彼らの話の信憑性と熱意を信じ、ノアは協力を快諾してくれた。そして、ようやくテーブルの椅子に腰かけた。

 悠仁は隣に座ったノアにもわかるよう、日本語で書いてある短文と答えを英語に訳した。


「《Gather(集める)》《Human(人間)》《Paradise(楽園)》《Original sea(原初の海)》……うーん。確かに、これは解読が難しそうですね」

「英語の他にもフランス語やラテン語とか色々な言語にしてみたんですけど、それでもわからなくて」

「もしかしたら、よく使われる言語は避けたのかと思ってマイナーな言語にもしてみたけど、全然ダメ。白旗を挙げる寸前だよ」


 と言いつつ、頬杖を突きながら出されたお茶を飲むベリアルの表情は、既に白旗が挙がっている。


「ノアは、物質界の言語に詳しいか?」

「詳しくはないですけど───あ」

「何か思い当たる言語があるのか?」

「いいえ。あの、これは?」


 ノアは、短文の下に数行間を空けて書いてある単語に気付いて指差した。


「何て書いてあるんですか?」

「『ゴフェル』です」

「もしかして、これもヒントでは?」

「俺たちもそうだと思ったんですけど、全くわからなくて放置してたんです」


 悠仁たちも最初からそれには気付いていたが、メモの解読を優先して触れるのを後回しにしていた。

 それを見つめると、ノアはこう言った。


「あの、恐らくですけど。このメモが示してる答えは、方舟じゃないでしょうか」

「方舟?」

「さっきノアが言ったでしょ。大洪水の時に初代のノアが造った舟のこと」


 全くわからない悠仁のオウム返しに、ベリアルが若干苛ついた口調で補足した。


「方舟がパスワードってことですか?でも、何でその単語からわかるんです?」

「ゴフェルは、方舟を造った時に使われた木の種類なんです。大洪水の時の話は一族に語り継がれていて、実際に聖書にも記述されてるので、間違いありません」

「じゃあ、ファイルを開けるパスワードは《方舟》ってことか」




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