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オルネフォルの軌跡  作者: はづき愛依
祝福の園 Ⅱ
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 首都ワルシャワから見て西南の位置にあるポーランド第四の都市、ヴロツワフ。歴史的建物が点在する、国内で最も古い都市の一つである。これまで様々な国の領地となり、第二次大戦後にポーランド領となった地域だ。


 飛行機を乗り継いで到着したヴロツワフは、既に真っ暗な時間だった。ノアの居場所はミカエルが知っていたが、流石に今から訪ねて行くのは不躾で、何より長旅の疲れもあったので、今晩はひとまず予約したホステルに一直線に向かった。

 空港からバスに乗り、最寄りのバス停で降りると、パトカーが停まっているのを見た。警察官の姿もあり、四人で辺りを警戒しているようだった。何かあったのだろうか。夜の重たい色が重なって、物々しい雰囲気を感じた。

 その警察官たちを横目に悠仁はホステルにチェックインし、直ぐさま身体を休めた。


 翌日。爆睡した悠仁は昼頃に目覚めた。いつもの目覚めと違う風景が寝惚け眼に入って来て、まだ夢の中にいると思ってしまった。

 ……あ。そうか。ポーランドに来たんだっけ……まさか、メモの解読の為に海を渡るとは思わなかったな。

 まだ眠い目を擦りながら、二段ベッドの上段から降りた。

 悠仁が泊まったのは、二段ベッドが二台ある四人部屋だ。寝具やカーテンは清潔で、長旅で疲れていた上に寝心地がよかったので、昨夜は一瞬で眠りに落ちた。

 もう一台の二段ベッドが空になっていた。来た時には入り口側の二段ベッドに男女の外国人がいたが、既に旅立ったあとでもういなかった。

 て言うか、旅費が俺だけの分で本当に助かった。母さんには迷惑かけちゃったけど。

 ミカエルとベリアルまで飛行機に乗ると言われた時は、三人分の旅費を払わされると思い、悠仁は借りる前から借金返済生活をする覚悟をしかけたが、実体の不可視化ができた二人はタダ乗りとなった。(天使の道徳的にはどうなのだろう。)しかし一人分すら払い切れなかったので、仕方なく母親に泣きついて振り込んでもらった。悠仁は早めに親孝行をしようと誓った。

 共同の洗面台で顔を洗うと、急にお腹が空いてきた。しかし生憎、食料は炭酸飲料以外は一切ない。ホステルには共同キッチンもあるが、宿泊している他の外国人と和気あいあいするには勇気が足りない。なので、昨夜から警戒して外で見張ってくれているミカエルとベリアルに声をかけて、外へ食事に行くことにした。

 適当に近くの飲食店に入り、悠仁はパンとプレートのセット、ミカエルはコーヒーとケーキ、ベリアルはコーヒーのみを頼んだ。

 オシャレな店内で朝と昼の分のエネルギーを補給しながら、悠仁はある不満を吐露する。


「人間と天使って見た目同じなのに、体力とか睡眠事情とか何でこんなに違うんだ?」

「何でと言われてもなぁ」


 天使の体力は人間以上。なのに食事は殆ど必要としない。その上、不可視化しているとは言え、長時間の飛行機移動をしているにも拘わらず、睡眠さえ取らずに一晩中起きていられる。姿形は人間と大差ないのに、スペックの部分で差があり過ぎるのが不平等に思えたらしい。


「絶対不公平だろ。二人と行動して、これは格差だと思った。二足歩行生物格差だ」

「何それ。言いがかりもいいところだよ。人間と差があるなんて、当たり前じゃない」

「何が何で当たり前なんだよ」

「だって、天使だから。特別なボクらは、地上に這いつくばってる人間とはそもそも存在理由からして違うし。身体能力にも格差があったって、そこは納得できることでしょ」

「納得できないから不公平だって言ってるんだよ。俺も一時期天使になってたんだからさ、能力全部とは言わないけど三分の一、いや十分の一でいいからもらってもいいと思うんだけど」

「人間なんだから無理に決まってるでしょ。それはただの我が儘。これだから人間は」


 ベリアルはフンッと鼻から息を吐く。


「あ。今、完全に見下しただろ」

「見下してない。自分本位だなって思っただけ」

「結局見下してるってことだろ。ベリアルは嘘を吐いても顔でわかる」

「じゃあ本音を言うけど。人間にボクたちと同じ能力を有する価値はない」

「言ったな。お前本当はアブディエル派だろ。スパイじゃないのか?それにボクたちって言ったけど、今のお前は堕天使なんだから天使とは別物なんじゃないのか」

「スパイは心外だけど、それは訂正する。でも、天使だったことが誇りなんだもん。過去の自分を誇りに思っちゃいけないの?」

「はいはい。もうやめ」


 ミカエルはヒートアップする二人の言い合いを手を叩いて止めた。これだけ言い合えるのだから相当心を許し合っているんだなと、呆れながら二人の仲を認めた。

 不毛に終わったベリアルとの言い合いを切断された悠仁は、ミカエルに話を振る。


「じゃあさ。ミカエルはこの格差の理由は知らないのか?奇跡的に俺に備わる可能性は?」

「わかる訳がないだろう。だが、一つだけ言えることがあるとすれば」

「すれば?」

「生まれつきだ」


 真顔で断言したミカエルは、ベリーが乗ったケーキを口に運んだ。

 能力は生まれつきと言われた悠仁は、何だか無駄な不満の蓄積だと思えてきたので、エネルギーの蓄積に集中した。


 悠仁のエネルギー補給も完了したので、その足でノアを訪ねて出発した。居場所までは少し距離があるので、トラムに乗って目的地の中心街まで移動する。

 昨夜は真っ暗で街の様子は殆どわからなかったが、高い建物がほぼ見当たらず、ヨーロッパらしい外観の建物と近代的な建物が同居する、穏やかそうな街だ。実はヨーロッパ初訪問の悠仁は、車窓から街並みを眺めながらおとぎ話の世界に来たような気持ちになった。歩いている人々が皆、童話の世界の登場人物に見える。

 そして今日も、所々でパトカーと警察官のセットをよく見かける。中心街は、ホステル辺りで見かけた数よりも遥かに多い。


「なあ。街中に警官が多くないか?」

「そうだな。ホステルの近くにもいたしな」

「何かあったのかな」


 気になった悠仁は検索してみた。すると、ほんの五日ほど前に爆発事件が発生していた。場所は市内の公園で、ゴミ箱に入っていた小型爆弾が爆発したようだ。負傷者は幼児から高齢者の数名とあるが、いずれも軽傷ですんでいた。しかし犯人の特定はできていない。しかも昨日には、公園に爆発物を仕掛けた犯人と同一と思われる人物から、中心街の何処かで再び爆発を起こすという予告が出されていた。だから市内の至る場所で、警察官が警戒にあたっているのだ。


「爆発事件……確かに、海外は物騒になってきたって聞いてたけど……こんな大変な時に来ちゃって大丈夫かな。巻き込まれるんじゃ」

「心配するな。オレたちがいるから大丈夫だ。危険が迫る時は必ず守る」


 先日の戦闘を見ていた限り頼りになるのは確実だったので、身の安全は任せられそうだった。戦闘能力は天界一と言われているだけあって、宣言する表情からも自信が滲み出ている。多分、今一番信頼できて全てを委ねられるのはミカエルしかいない。

 すると、立って窓外を見ながら話を聞いていたベリアルが言う。


「ユージンは知り合いだから特別に守ってあげるけど、もし他の人間だったらボク断ってたと思う」

「何でだよ。俺を護衛してくれてるなら、堕天使でも善意くらいあるんだろ」

「あるにはあるよ。心も身体も天使の頃と同じだもん。けどさ、またこんなことになってるのに、守る価値はあるのかなって思うんだよね」

「ベリアルは、今の人間は守る価値が下がっていると思うのか?」

「確実に下がってる。だって、何も学習しないってことが証明されてる訳じゃないですか。邪天使エンヴィルスの影響ではあるけど、そんなもので意志が揺らぐってことは、結局人間はそういう生き物だったってことなんじゃないんですか」

「でも、みんながみんなって訳じゃないじゃん。周りを見ればわかるだろ。ベリアルは見方が偏ってる」

「これはボクの個人的な見解で、偏見なんかじゃない。それに、どう思おうが自由でしょ」

「ベリアルは辛口だな」

「やっぱりアブディエル派なんじゃないのか?」

「もう一度それ言ったら、名誉毀損で訴えるよ」


 悠仁は、上から弾丸が飛んで来そうなのでそのくらいにしておいた。

 次の停留所のアナウンスが流れた。悠仁たちが降りる停留所だ。


「なあ。ノアって昔、大洪水が起きた時に一族ごと助けられた人だよな?同じ名前ってことは、関係あったりするのか?」

「今から会いに行くのは、そのノアの子孫だ。当時は別の地域に住んでいたが、転居を重ねて今の場所に定住している」

「居場所がわかるってことは、ストーカーみたいにずっと見張ってたのか?」

「ユージン、言い方に気を付けて。下劣な人間みたいなことしてる訳ないでしょ」


 悠仁の引っかかる発言にベリアルはいちいち注意するが、鷹揚なミカエルは一笑した。


「ストーカーはしてないけど、全ての人間の居場所はわかる。ユージンの居場所もすぐにわかったぞ」

「何か監視されてるようで嫌だなぁ」


 居場所を知っているのは監視の意味ではなく、一人一人の人間に等しく目を配れるように明確にしているのだ。今回の悠仁のように、手を貸すべき時に迅速に対応できるようにしているだけで、その生活を覗き見たりはしていない。掟に抵触しそうなことは、徹底して禁止されている。


「どんな人なんだろう。神様に助けられた人の子孫なんだから、きっと人格者なんだろうな」

「きっとユージンとは全く違って、ちゃんと天使を崇められる人間だよ」

「きっと天の邪鬼のベリアルと違って、人に優しくできる人だよ」


 悠仁とベリアルのやり取りに、やっぱりこの二人本当は凄く仲が良いのでは……と思うミカエルだった。




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