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オルネフォルの軌跡  作者: はづき愛依
祝福の園 Ⅰ
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 平日朝の大都会の真ん中で、映画撮影のような光景が繰り広げられる。正真正銘、ワイヤーなしのリアルアクロバティックアクションと、効果音が付けられたような真剣と真剣の交わる音が、日常に非日常を生み出している。


「どうしましたミカエル様!もしや腕が鈍ったのでは!?」


 差し替えで立ち回るアクション俳優のように、四方を走り、飛び、剣を交えるミカエルとアブディエル。立ち止まる通行人への配慮や、物質界の物への損害を最大限に注意しながら戦い続ける。

 ミカエルは時々、炎を繰り出してアブディエルを攪乱する。アブディエルが避ける度に、アスファルトに黒い煤が現れた。


「戦い方が対等ではないですね!」

「お前たちの思惑通りにはさせられないからな!」


 ミカエルの剣の腕は天界の誰も敵わないと言われる程だが、アブディエルの腕もなかなかのものだった。ほぼ互角と言っていいくらいに、ミカエルと渡り合っている。それどころか、ミカエルが圧されているようにも見える。

 それは、二人の決定的な戦い方の違いからだった。アブディエルは自負心に後押しされて縦横に動き回るが、相手の動きを予測して五分の力で立ち回るミカエルには無駄な動きがない。だからミカエルが劣勢に見え、アブディエルが優勢に見える。

 戦闘センスの有無の差。まるでそよ風と旋風の戦いだ。


「アブディエル!お前こそ、あれこれ考えるその頭に、オレを負かす戦略があるんじゃないのか?」

「あっても言う訳がないでしょう!」


 そう言って誤魔化すアブディエルだが、脳内でどうシミュレーションしてもミカエル相手に勝てる勝算がない。吹っかけておきながら、旋風のように気概だけがから回っていた。

 二人の戦闘区域は次第に広がっていく。アブディエルが圧され始めたからだ。ミカエルが抑えていた実力を出し始め、アブディエルはすぐ側の高速道路の高架下まで押し出されそうになっている。

 追い詰められていくその後ろは、輸送トラックや乗用車が行き交う目覚めた幹線道路。次第に、アブディエルに焦りの色が見え始める。

 このままでは……!

 いざとなれば、不可視化で実体を消すことはできる。しかし、容赦ないミカエルの攻撃に気を取られてタイミングを逃せば、往来する鉄の塊に吹っ飛ばされ、天使と言えどかなりの痛手を負うことになる。

 どうする!?

 考えと防御にアブディエルは気を取られる。

 やがて、圧され続けて道路上に着地してしまった。その時、時速数十キロで走行するトラックが迫って来た。辺りにクラクションのけたたましい音が鳴り響く。


「しまっ」


 別で戦っていたヨフィエルはその音に驚き、視線を向けた先の敬愛する上司の危機に目を剥いた。


「アブディエル様!」


 急き込むヨフィエルは、戦闘を投げ出して駆け出そうとする。注目した悠仁も、アブディエルが轢かれると思い目を逸らそうとした。

 トラックの急ブレーキ音が響いた。次の瞬間、人とトラックの衝突音がする───筈だった。

 なんと、アブディエルは無事だった。しかも、トラックも、トラックの後続の車もきれいに止まっている。

 奇跡的に……いや。人為的に事故は起きなかった。


「……な、何が起きたんだ……」


 悠仁は目を丸くする。停止したトラックの前には、車輌に手を翳して直立している人影があった。先月レンタルで観た映画の所為で、米国のヒーローが飛んで来たのかと思った。しかしその人物は、屈強な身体付きだったり特殊スーツを身に着けている訳では全くなく、現代とはかけ離れた服を纏った普通の体躯のおかっぱ頭の人物だった。


「アブディエル様。今の物質界は危険があちらこちらにあるのですから、お気を付け下さい」

「メルキゼデク。降りて来たのか」


 その正体は、統御議会の新しい補佐官であるメルキゼデクだった。議長の無事を確認すると、微笑の瞳は更に細くなった。


「アブディエル様、ご無事ですか!?」


 アブディエルの無事に安堵してヨフィエルは駆け寄るが、メルキゼデクが一言申す。


「ヨフィエル様がご一緒におられるのに、何を反逆者との戯れに夢中になっていらっしゃるのですか。わたくしがいなかったら、アブディエル様がどうなっていたことか」

「副議長の僕に文句を言う気?新米のくせに」

「ああ。失礼。口が滑りました。申し訳ございません、ヨフィエル様」


 メルキゼデクは口に手を当て、浅く腰を折って謝罪した。

 ヨフィエルは、失言を謝罪したメルキゼデクに睨みを利かせる。力天使ヴァーチュズのくせに議会入りを果たした上に、その笑顔でアブディエルに取り入り信頼を獲得した彼を、ヨフィエルは認めていない。正直、邪魔な部下だ。


「準備は整ったのか?」

「ええ。予定通りに。あとは指揮官の合図のみでございます。ご用はもうお済みに?」

「邪魔な人間の処分をする前だ」

「例の人間ですね。そのことで、僭越ながらご提案がございます」


 メルキゼデクはアブディエルに近寄り、他に聞こえないように耳打ちする。仲間はずれにされたヨフィエルは、話の内容を聞こうと耳をそばだてる。


「もしかしたら、有効に使えるかもしれません。この人間は“特別”です。あの能力を有しているのであれば、それが知れ渡った皆の注目が集まるやもしれません。アブディエル様が彼を保有してしまえば全ての者の敬愛も集められ、威厳も地位も不動のものとなり、あの方を凌ぐ存在となれるでしょう」

「成る程。ただの人形だとしても、飾っておくだけの価値はあると言うことだな」


 メルキゼデクの提案を聞いたアブディエルは、目を細め僅かに口角を上げる。


「どうしたアブディエル。オレとの勝負は終わりか?」

「申し訳ございませんが、天界に戻らなければならなくなりました。残念ですが、お手合わせはまたいずれ」

「ユージンのことはいいのか」

「ええ。また今度にします。詮索も好きになさって下さい。ですが帰る前に、一つだけ言っておきましょう。貴方々が探っている私たちの計画ですが、その想像は間違っています」

「間違っている?悪いことじゃないとでも言うのか」

「私たちは人間の為に、物質界の為に、良いことをしようとしています。人間が本当に望んでいることを、私たちが叶えるのです」


 自身の役者としての才能のなさに気付かないアブディエルは、自信に満ちるあまり笑みを溢しながらお箱の身振り手振りで言う。

 訝るミカエルは眉を顰める。


「人間の望みを叶える?」

「現在、人間に起きている変化は、その始まりなのです。計画の全貌を知れば、貴方々も邪魔をする気などなくなるでしょう。寧ろ賛同する筈です」

「お前たちは何をやろうとしてるんだ。本当に俺たちの為なのか!?」

「知りたければ、ルシファー様が残した手懸りを解くことですね。恐らく全てがわかるでしょうから」


 すると、サイレンの音が聞こえてきた。見物人の誰かが通報してしまったようだ。


「困ったら、ノアに聞いてみたらいかがでしょう。計画には彼も関係していますから、協力してみては?」


 そう言い残し、アブディエルたちは超人的な跳躍力で都会のビルの中に消えて行った。止まった車列も、何事もなかったように再び進行を始めた。

 アブディエルたちの追跡はせず、悠仁たちもすぐにその場を離れた。目撃した人間たちの記憶から見たことは全て消去されるが、それには若干のタイムラグがある。だから、警察が到着して事情を聞かれる前に身を隠すのが得策だ。




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