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オルネフォルの軌跡  作者: はづき愛依
祝福の園 Ⅰ
71/106

13




「榊原!……じゃなくて、アブディエル!」


 見た瞬間は准教授の榊原と学生だったが、悠仁の脳は自然に視覚情報を修正し、本来のアブディエルとヨフィエルの姿に変貌させた。デコピンを二回食らったおかげで、視覚野が自動的に正しい情報を映し出してくれている。

 警戒するミカエルとベリアルは、悠仁の前に出た。


「もう説明はされているようですね」

「見損ないましたよミカエル様。僕たちを騙した次は、探偵ごっこですか?貴方も堕天をお望みのようだ」

「探偵ごっこもわりと楽しいぞ」

「と言うか。議長が天界を放っておいて、こんな所で油を売ってていいんですか」

「堕天使が軽々しく議長に口をきかないで下さい」


 敬愛する上司を汚したくないヨフィエルは卑賤ひせんなベリアルを嫌って謗るが、アブディエルは上品な紳士を気取るように手を挙げ部下の謗りを止めた。


「何を言う。これも立派な公務だ」

「天界にも出張ってあるんだな」

「非常に稀だがな。ところで、この建物の中で何をしていた?」

「何って……カラオケ」


 聞かれた悠仁は事実の一部を述べた。ところが、本当の目的を隠されたのが癪に障ったらしく、紳士を気取ったアブディエルの眉が不愉快そうに顰められる。


「茶化しているのか。随分下に見られたものだな」

「僕らは知っていますよ。ルシファー様の意志を貴方々が引き継いでいるのを。今すぐやめて下さい。それが賢明です」

「やめなければならない理由は何だ」

「議会の意志は、神の意志だからです。神意堅守は天使の本分ですよ、ミカエル様。堕天使といる所為で、そんなことすら忘れてしまったのですか?」


 ヨフィエルは、アブディエルよりも尊上のミカエルに小馬鹿にした言い回しを放った。放たれたミカエルの横で、ベリアルが槍を飛ばしそうなくらい眼付けている。この対応を見るに、議会のミカエルに対する処遇はあらかた決まっているようだ。


「我々の指示に従って下さい。素直に従って下されば、その人間に危害は加えません」


 アブディエルの上品キャラは、ものの一分で悪役にキャラ変された。役をやり遂げられない彼は、舞台役者には向かないようだ。

 完全に悪役の台詞……教科書からコピペしたのかよ。

 冗談を言う場面ではないが、悠仁は脳内でそう突っ込まずにはいられなかった。


「どうするユージン。今やめれば見逃してくれるそうだが」

「できれば、好きにさせてくれたまま見逃してくれると嬉しいんだけど」

「だってさ。そもそも人間に、天界の掟を遵守する義務はないよね」


 交渉は決裂した。と言うか、最初から双方に歩み寄る意思は一ミリもない。


「そうか。ならば、力ずくでわからせるしかありませんね」


 アブディエルは腰に帯刀していたサーベルの柄に手を伸ばし、抜刀して構えた。細身の刀身にビルの間から差す朝日が反射し、銀色の鈍い光を放つ。


「あいつ本気か」

「逃げますか、ミカエル様?」

「今から逃げたところで無駄だ。オレが応戦する。ベリアル、ユージンを頼む」

「任せて下さい」

「えっ?お、おい、ミカエル。応戦て……こんな所で!?」


 慌てる悠仁をよそに、帯刀していなかったミカエルも何もないところからロングソードを現出させ構えた。その面持ちは、スイーツ男子から凛々しい戦士の顔に変わる。


「光栄ですね。貴方と剣を交えることができるなんて」

「お前、オレの腕を知らないことはないだろう?後悔するぞ」

「いいえ。一度はお手合わせしたく思っていたので、嬉しい限りですよ!」


 合図もなしにアブディエルは踏み切った。切りかかってくる剣をミカエルは受け止める。二人の剣が交わり、イメージとは違う鉄の鈍い衝突音が発した。


「いい太刀筋だ」

「ありがとうございます」


 アブディエルの方から積極的に挑んでいき、何度もミカエルに切りかかる。その度にミカエルは剣でサーベルを弾いたり、時には身を翻して避ける。

 二人は何度も刀身をぶつけ合う。まるで、映画のワンシーンを4DX上映で観ているようだ。


「ちょ、ちょっと待て!やめろよ二人共!人がいるだろ!」


 悠仁の静止の声が届かない二人は、周囲を気にせず戦い続ける。朝の繁華街のど真ん中はまだ通行人が少なめとは言え、通勤で駅へ向かう人々が何だ何だと足を止めてスマホを構えている。一般人には、人が剣を振り回しているようにしか見えていない。通報されたら万事休すだ。


「大丈夫。ちゃんと人間に危険が及ばないように戦ってるから」


 悠仁と違い、ベリアルはめちゃくちゃ冷静に二人の対戦を見守っている。


「それもそうだけど、そういうことじゃなくて!冷静過ぎないかベリアル!何で止めないんだよ!」

「アブディエル様は売られた喧嘩は買う人だし、ミカエル様は邪魔な敵だと判断すれば容赦ない。二人共ちょっと似てて、今は目の前の敵にまっしぐらだから」


 無理に間に入ったら逆に怪我をする。それがわかっているから、今は大人しく傍観しているのが一番だと言うベリアル。確かに注意して見ていると、ミカエルもアブディエルも人には近付かないようにしたり、危険を感知するとアクロバティックに人を回避して、建物の外壁や街灯を足場にしながら器用に戦っている。

 しかし、悠仁とベリアルだけ傍観という訳にもいかない。自他共にアブディエルの手足と認めるヨフィエルがいる。


「さて。僕たちはどうしましょう。再度、その人間の引き渡しの交渉でもしましょうか」

「交渉って、方法はどうするんです?物々交換か、人間に倣って金銭ですか?」

「せめて金銭はやめろ。それじゃあ人身売買ぽくて嫌だ。て言うか、そっちの交渉に応じる気はないってさっきも言っただろ!」

「という訳で、二回目も交渉する余地もなく決裂ですね」

「いいでしょう。ならば、アブディエル様の為に力ずくでいかせてもらいますよ」


 帯刀をしておらず、ぱっと見丸腰のヨフィエルだが、突き出した左手の手元に弓矢を現出させる。その両目は、容赦なく二人の反逆者を狙い撃とうとしている。


「しょうがないな。ユージン、ボクから離れないでよ」

「えっ!?いや、ちょっと待てよ!」


 戦闘モードになったベリアルも、密かに隠し持っていた二本のダガーを構えた。


「だから!やめろって言ってるだろ!人の話聞けよ!」


 悠仁の静止の叫びも虚しく、ベリアル対ヨフィエルも始まってしまう。ヨフィエルが構えた時には一本だった矢は、放たれた瞬間には五本にもなり、ベリアルは両手のダガーで一本残らず弾き飛ばす。


「ひっ!?」


 的を外した矢が、悠仁の真横の空気を割いた。こんな危険の最中に身を置いたことがない悠仁は、肝を冷やす。

 容赦ないヨフィエルは、隙きを与えまいと矢継ぎ早の攻撃をして来る。悠仁に危害を加えまいとするベリアルは、盾になって必死に応戦する。

 見物人が別の対戦にも注目し始め、スマホのカメラが向けられる。観客としては、両方とも見所があり過ぎてどっちを撮るべきか悩むところだ。

 天使って、こんな好戦的だったのか!?幾ら何でも、やり合う場所くらい考えてくれよ!


「お前ら物質界に来るなら、SNSの存在知っとけよ!」




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