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「オレは実験が再開されると思い、今度こそ邪天使製造の証拠を掴もうとしていた。だがその矢先に、ヤダティ・アサフを見た協力者のラジエルが、ルシファーを知る人間がその意志を受け継ごうとしていることを教えてくれた。しかもアブディエルもその人間に気付き、いずれその人間が奴に狙われることを聞いたんだ」
「アブディエル様は、どうやってユージンの存在に気付いたんです?」
ベリアルは質問した。
アブディエルは、議会で管理をするようにしたヤダティ・アサフで堕天したルシファーが行方不明になったことを知った。そして自身の派閥の者たちを集め、ルシファーを襲撃に来る恐れのある危険人物だとし、野放しにする訳にはいかないと捜索を開始した。
しかし、人間に紛れたルシファーは雲隠れを繰り返し、やがて彼の霊的な力が弱まってしまった為に追跡ができなくなり、捜索は難航したまま現在に及んだ。
発見されてしまったのは、最近になって突然、微弱な力の発生が物質界を巡回していた者によって確認されたからだった。捜索の結果ルシファーの存在が確認され、遂に捕縛に至った。そして聴取の際に、まだ議会に反する意志を持ち色々調べ回っていたことを知った。
ルシファー派の堕天使がそれに気付き行動する前に極秘の計画を隠匿したいアブディエルは、ルシファーが集めた情報と彼が物質界にいた痕跡を消そうとした。その際に、ルシファーと近しい悠仁の存在を知った。しかも、ルシファーが残した計画の証拠に気付き明らかにしようとしていることを知り、関係した記憶の抹消は勿論、計画の阻害になる場合は存在自体の抹消をしようとしているのだ。
「そういう経緯があって、オレたちはアブディエルの動向を注視しながらユージンを守るべく、人間に紛れて側にいた訳だ。オレの場合は、ルシファーからの伝言もあってな」
「伝言?」
「と言っても、かなり昔の話だが。まだユージンが天界にいた頃だと思うが、ラジエル経由で『ハビエルを気にかけておいてくれ』というメッセージをルシファーから受け取っていた。その直後、あいつは堕天となってしまったんだが」
自分が大変なことになるっていうのに、俺を心配してくれてたんだ……。
ルシファーが気を回していなければ、悠仁は既にアブディエルの手にかかっていたかもしれない。ルシファーが人格者でなければ、ミカエルもここまで動かなかっただろう。
「ミカエルの話を聞く限り、議会がと言うより、アブディエルが俺を狙ってるんだな」
「そうだ。しかも、さっきお前を襲った榊原の正体がアブディエルだ」
「榊原が!?嘘だろ。ずっと見張られてたってことかよ……まさか、他にも議会メンバーが人間に紛れてるのか?」
「確認はできていないが、恐らく。ヨフィエルあたりが一緒に来ているだろう。あいつはアブディエルの犬だからな」
いつの間にか包囲網が敷かれていたことに、悠仁は動揺を隠せない。しかし、議長のアブディエルが自ら動いているということは、狙う相手が手をかけてはいけない人間だろうが、己の願望の為に信念を貫き通す気だということだ。さっきは忠告ですんだが、次はそれだけではすまされないだろう。
「それで。ルシファーは今、何処にいるんだ?議会に捕まったんなら、拘束や監視をされてるのか?」
「いや。捕縛されて来た際、アブディエルが独断で即刻再度処刑をさせようとしていたんだが、聴取をした公安部でそのまま身柄を保護している。当時の裁判の正当性と、ルシファーの罪の判断能力の有無を再検討する必要があると判断し、数千年前のあれは脱走だとこじつけて、心身衰弱状態の軽犯罪者として今は公安部の地下牢に隔離している」
「だいぶ力技のような気が……」
「そもそも罪人の管理は公安部の仕事だし、最高責任者の権力を行使して何とかなった。ついでに言えば、ルシファーがミグダル・ケラから堕ちた時、機捜班で密かに助けて匿ったんだ」
もしも検挙に失敗した時の作戦は、処刑直後のルシファーを天界から堕ちきる前に身柄を確保することだった。物的証拠を抑え損ねたミカエルは直ちに作戦の変更をラグエルたちに伝え、念の為に考えてあった強行作戦を遂行したのだ。
「そんなことまで……」
「ですが、折角匿ったのに行方不明になっては意味がないじゃないですか。自分で自分の苦労を台無しにしないで下さいよ。特別顧問も怪しまれて解雇されるし、何もかも中途半端じゃないですか」
「辛口だなぁ。だがその通り、公安部の最高責任者として弁解の言葉もない」
偉い方だと言っておきながら、ベリアルは容赦なくミカエルに小言を吐く。堕天して何千年と経っても、相変わらずの性格のようだ。
一気に色んな話を聞いて頭がパンクしそうな悠仁だが、ルシファーが無事でいる、その一つの事実を聞いただけで酷く安堵した。その上、終わってしまったと思っていたのにまだこうして繋がっていられている。それが何だか運命的なもののような気がした。
「ありがとうミカエル。ルシファーを助けてくれて」
「礼には及ばない。オレは必要なことをしただけだ」
「ところで。ミカエルが物質界にいる理由はわかったけど、何でべリエルが一緒なんだよ。べリエルは堕天使なんだから、一緒にいたらまずいだろ」
悠仁は当然の疑問を投げかけるが、眉目秀麗な堕天使は眉頭をぎゅっと寄せ、何故だか不機嫌そうになった。
「一つ訂正いい?ボクの今の名前は、べリエルじゃなくてベリアルだから」
べリエル改めベリアルは、さっきから名前を間違えられ続けてずっとイライラしていた。悠仁は知らなかったのだから仕方がないのに。
「改名したのか?」
「じゃなくて、堕天したから。天使の名前に付いてる『エル』は『神』の意味だから、神の加護から外れた堕天使は名前から『エル』は取られる。だからベレティエルも、今はベレトに名前が変わってる」
「そうなんだ」
天使の豆知識に悠仁は「へぇー」と関心するが、ベリアルの不機嫌の原因はそれだけではなかった。
「あと。何で敬語じゃないの?前は使ってたじゃない。百歩譲ってボクはいいけど、ミカエル様には敬語使いなよ」
「いや。だって俺、今は人間だし。上下関係ないんだからいいだろ」
「だけど、ミカエル様は偉い方なんだから、敬意を払って敬語で話すべきだと思うんだけど」
「確かにミカエルは凄い天使かもしれないけど、俺は信仰者じゃないからなぁ。菅原家は代々、仏教徒だから」
「宗教なんて関係ないでしょ!」
始まった二人の押し問答に、ミカエルはこらこらと間に入る。
「喧嘩してどうするんだ。これから協力し合っていくんだろ?オレは別に拘ってないから気にするな」
「ミカエル様」
ベリアルは納得がいかず消化不良だが、話を進めたいミカエルは軌道を戻した。
「何故、堕天使のベリアルと一緒にいるかと言うと、オレたちが同盟を結んだからだ」
「同盟?」
「天使長ルシファー天界復帰同盟。ベリアルたちルシファー派の堕天使はルシファーの天界復帰を望んでいて、オレもルシファーは天界に必要な存在だと思っている。ならば協力して、再審請求をしようと手を組んだんだ」
ミカエルが声を上げると、天使と堕天使を合わせ多くの者が同盟に参加した。
そして二人が一緒にいる理由は、議会が狙う人間はハビエルだと、後追い堕天をしたアスタロトから聞かされたからだ。自分たちと同じくルシファーに好意を持つ善良な人間が、議会の不合理によって被害者となってしまうのを阻止する為に、天使側の同盟代表者ミカエルと、堕天使側の代表者でハビエルを知るベリアルの二人が一緒にいると言う訳だ。




