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二人は賑やかな繁華街までやって来た。主に女性向けアニメなどの二次元キャラクターのグッズ専門店が多い場所で、日々乙女たちに「萌え」という生命エネルギーを提供してくれている。乙女たちが社会を生き抜く為の命綱とも言える重要プラントだ。
待ち合わせ場所は、駅から少し離れた一際高いビル。レジャー施設と商業施設が合体した大型モールだ。その一階にあるカフェで、ミカエルは仲間と会う約束をしている。
仲間ってことは、やっぱ天使なんだろうな。でも、統御議会に所属してるミカエルの仲間なら、議員てことになるんじゃ……?
一応ミカエルを信用して付いて来たが、悠仁の中で議会の手先疑惑が浮き沈みする。助けたのが芝居だったとは思いたくないが、場合によっては逃走して、交番に駆け込む心の準備はしておいた。
カフェに到着すると、そのテラス席に悠仁の見知った人物の姿があった。
「あれ。麻生?」
優雅にコーヒーブレイクをしていたのは、バイトの後輩のジェンダーレス麻生改め、麻生由貴だった。悠仁は立ち止まって声をかけた。
名前を呼ばれた麻生はブラックコーヒーを啜りながらちらりと悠仁を見たが、バイトの先輩なのに挨拶すらしない。バイトとプライベートを完全に分けて外では会っても無視するマイルールなのか。それとも、一時期失敗ばかりしていたから完全に見下しているのだろうか。
悠仁は無視した麻生は、夏樹の姿のミカエルに視線を移した。
「遅いですよ。約十分の遅刻です」
「悪い。ちょっとバタついた」
遅刻した時間を適当に言って責める麻生に謝りながら、ミカエルは隣の椅子に座った。どうやら待ち合わせ相手は麻生だったらしいが、悠仁はここでも戸惑わされる。
「え?待ち合わせ相手って、麻生なの?どういうこと?お前ミカエル……じゃなくて、夏樹とどんな知り合いなの?」
「先にバラしたんですか」
「仕方なくな。だからほら、お前も」
悠仁の様子を察してやることもせずに、二人は事を進めようとする。麻生は「ここでですか」と不満ありげな顔で文句を言いつつ立ち上がり、悠仁に近付くと、速やかにその額にデコピンした。本日二度目の激痛に、またかよと顔を歪める悠仁。今度こそ額が抉れたかと思ったが、二度目も無事だった。
さっきと同じように再び顔を上げた時には、やはり麻生の姿が変わっていた。しかも驚きの人物に。ミカエルよりも驚きだった。確かに悠仁がよく知る人物が、あの頃と変わらない容貌と前髪のままそこにいた。
「ベ……べリエル!?麻生ってべリエルだったのか!?」
悠仁のリアクションに、彼は微妙に眉頭を寄せる。
「なぁ。何がなんだかわからないんだけど」
こんなところにいる筈のない二人が人間に紛れていて、しかも、偶然か必然か自分と知り合いになっていたという事実に、悠仁は堪らずミカエルに助けを求めた。その辺りの事情を、これから説明してくれるらしい。
話は長くなるので、悠仁とミカエルも店内でコーヒーを買ってきた。悠仁はカフェラテで、ミカエルは季節限定のフラペチーノ(ホイップクリーム増し増し)を注文した。悠仁は、ミカエルと山盛りホイップクリームの見慣れない組み合わせに釘付けになり、そのおかげで手先疑惑はすっかり忘れてしまった。
「ミカエルって、そういうの飲むんだな」
「いやぁ。物質界に来てからハマって」
「案外可愛いところがありますよね。ミカエル様って」
「ベリアルもこの前一緒に食べただろ。何だっけ。丸いパンにクリームがぎっしり挟まってるやつ。マ…マト……」
「マリトッツォですか?」
「そう、それ!あと何とか風チーズケーキとか、フルーツサンドとか」
「あれは別に好きじゃなくて、ミカエル様に付き合って食べただけです」
「ベリアルは好きじゃないのか?こんなに美味いのに」
「ボクは別に」
二人は、日本の流行にも少なからず触れているようだ。しかし、その会話が女子の会話にしか聞こえない。天使と堕天使が仲良く物質界のカフェでスイーツについて語るという異次元感。悠仁は目の前の二人の姿はやっぱり幻ではと思うが、デコピンの痛さはリアルガチなので現実だと認めざるを得ない。
ミカエルはフラペチーノを啜り甘味を堪能して満足げな笑みを浮かべたあと、「では」と仕切り直した。
「気を取り直して。何から話すべきだろう」
「まず、ボクたちが物質界にいることを説明しては?」
「そうだな。端的に言えば、ユージン、お前を守る為だ」
「俺を守る?」
「お前は統御議会に狙われている。目的は、天界に関する記憶の抹消。最悪、存在を消そうとしている」
「何で!?俺、狙われるようなことしてないよ!それとも、ハビエルが俺だと知って、実験を探ってたことを今になって罪に問うつもりなのか!?」
命が狙われていると聞き、驚き焦る悠仁。人間の自分にも天界の法律が有効なのか、時効は存在しないのかと同時に色んな心配事が脳内を駆け巡る。ミカエルはそんな悠仁を落ち着かせ、冷静に現況を伝える。
「驚くのはわかる。だが議会にとってユージンは、目の上の瘤でしかないようなんだ。原因は、お前が持っているPCだ。最近、メモの解読をしているだろう?どうやらそれが、議会がお前を狙う理由らしいんだ」
悠仁は手元のPCに目を落とす。逃げる間もずっと、自分の命のように大事に抱えていた。
「これは、人間だった時のルシファーが残したやつだよ。本当はどういう人だったんだろうって思って何気なく開いたら、見つけたんだ」
「恐らくそのメモは、ルシファーが得た/ある情報/(傍点)に関するものだと思う」
「あ。確か言ってた。あることを調べてたって」
ミカエルは何気なく空を見上げた。白と水色が同居する空を飛ぶ旅客機が、ひこうき雲を引いている。
「ルシファーは堕天後も、議会への疑念を捨てていなかった。あとはオレに任せておけと言っても、神からの独立に成功したくせにいつも天界の未来を気に病んでいた……そして、翼を奪われても自由な意思のままに生きるあいつは、ある日突然、姿を消した」
「失踪…したのか?」
「だがオレは立場上、表立ってルシファーの捜索に出られなかった。オレにはアブディエルの画策の調査という責務があり、潜入を続けなければならなかったんだ」
「潜入って……確か、指名されて特別顧問になったんじゃ?」
ミカエルは甘ーいフラペチーノを再び啜ると、改めて悠仁に自己紹介をする。
「正式な肩書きを教えておこう。統御議会特別顧問は便宜上のものだ。本当は、公安部機密捜査班の指揮官兼、公安部全体を統括する最高責任者だ」




