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ある日。悠仁は夏樹以外の友達と遊んで帰って来た。夕食は済ませていたので、風呂に入ろうと湯沸かし器でお湯を貯め始めた。
待つ間に謎解きイベントの予習に問題集を読もうと思った時、スマホが鳴った。画面を見ると「非通知」になっている。普段は知らない番号や非通知からの着信は無視しているが、問題集に集中していた所為か、それに気づかずに出た。
「はい。もしもしー?」
「スガハラ ユージン。私はお前を見ている」
悠仁のほろ酔いは瞬時に覚めた。突然の名指しにもだが、知らない声でのその台詞は幽霊に遭遇したような気持ちにさせた。
声は成人男性のものだった。ボイスチェンジャーは使われていない、素の声だ。耳から伝わる静かな威圧感に、悠仁は一気に緊張感に襲われる。
「だ……誰だお前」
「いいか。これは忠告だ」
「誰だって聞いてるんだけど!?き…脅迫か!?脅迫なら、警察に通報……」
「もう一度言う。私はお前を見ている。いいか。この忠告を忘れるな」
それで電話は切れた。プープープー、と通話終了の機械音が耳元に残される。
「…………」
怖さが増した悠仁は、部屋の中を見回したり、カーテンを開けて外を覗いたり、ドアを開けて通路を左右確認した。しかし、特に怪しい人影はない。
全く聞き覚えのない声だった。低く威圧感のある声は、家族でも、友達でも、誰のものでもなかった。
初めてかかってきた脅迫電話に見えない誰かの存在を感じ、悠仁はその晩ろくに眠れなかった。
翌日、その話を夏樹にした。
「───ていうことがあったんだ。怖くね?」
「それ本当かよ。誰かの悪戯じゃないのか?」
「一応、友達みんなに聞いてみたけど、違うって言われた。非通知だから突き止められないし。全く知らない声だったから、見当も付かない」
「完全に他人てことか。でも、そんな電話がくるってことは、誰かに逆恨みされたりしてるんじゃないのか?」
「ない!絶対それは自信がある!」
円満な人付き合いができている自信がある悠仁は、選挙立候補者のようにきっぱりと宣言した。まだバイトで時々ミスをしているが、恨まれる程客を激怒させた記憶もない。
「確かに、ユージンの悪い噂聞かないもんな」
「でさ。家に帰るの何か怖くて。できたら夏樹ん家に暫く泊めてくれないかな?その間の家賃半分出すし。家事もやるから」
悠仁は掌を合わせてお願いする。電話の主を聞き回るついでに他の友達にも交渉したが、既にルームシェアをしていたり部屋が狭いことを理由にことごとく断られた。夏樹が最後の希望なのだが、希望は考える前に視線を逸らした。
「悪い。ちょっと事情があって泊められない」
「もしかして、夏樹も誰かとシェアしてるのか?それとも、彼女と同棲中?」
「そんな相手はいない。そう言えば、あの謎解きメモって結局何だったんだ?」
夏樹は強引にメモのことに話題を変えた。どうやら、一人暮らし事情を知られたくないらしい。本当に同棲している恋人がいるのかもしれない。年上の美人なお姉さん、はたまたアイドル並みに可愛い子だから、取られないように隠しているのだろうか。
あまりにも強引な方向転換だったので、悠仁は空気を読んであげた。
「あれか?夏樹にも協力してもらって全部答えを出したけどさ、結局何なのかよくわからなくて。ただ、」
悠仁はPCを出してトップ画面を見せる。
「もう一つ、ここに圧縮ファイルがあるんだ。もしかしたら謎解きメモ単体だけじゃ意味はなくて、これと関係があるんじゃないかと思うんだけど」
「圧縮ファイルって、簡単に開けられないのか?」
「そう。ロックがかかってて、パスワードがわからないと開けられないんだ」
「なんだ、そうなのか。ということは、何か大事なことがその中にあるんだな」
一見何の違和感もないように思えるやり取りの中で、悠仁はふと思ったことを口にする。
「……夏樹って、最先端技術に弱いよな。PCは詳しくないし、今どき珍しくスマホもガラケー持ってないし。連絡手段は公衆電話って、バカにされてないか?その絶滅寸前の公衆電話と同じくらい希少だぞ」
「オレはこれでいいんだ。不便はしてない。オレの浮き世離れは放っておいてくれ」
夏樹は、自分が周りと違うことは全く気にしていない。スマホを持てば、一人もいないと嘆いていた友達も増えるだろうに。友達申請をしても連絡のしようがないから不便がられて避けられているんじゃないだろうかと、悠仁は余計な憶測を巡らせてしまった。
「不便」は印象が悪いよな。まずは印象を変えないと………それなら、「不便」じゃなくて「珍しい」っていう見方に変えれば、興味を持った人が友達になってくれるかもしれない。手始めに既存の友達に、珍しい奴がいるって紹介してみようかな……。
などと勝手にプランニングをしている間に、夏樹も勝手にテキストファイルを開いて、短文と悠仁が出した答えを見つめていた。
「このメモさ、ただの謎解きなのかな。この答えが圧縮ファイルにそのまま関係してると思うか?」
夏樹はやけにメモを気にしている。ひょっとしたら、悠仁よりも意欲的にこの謎解きに取り組もうとしている。悠仁はそんな夏樹を不思議に思いつつ、謎解きにだいぶ興味を持ってくれているなと思っていた。それなりに知識もありそうだから、イベント本番でも活躍してくれそうだと期待できる。
「関係してるなら、この四つの答えの中にヒントが隠されてるのかもしれない」
「そこからパスワードを導くってことだな」
そこからは、ヒントとなりそうな四つの答えの共通点を考え始めた。
《集める》と《国家元首》は何か繋がっていそうだった。元首たちが何処かに一斉に集まる(首脳会談的な)や、お金を集める、自身を支持する人々を集めるなどが考えられた。それには、考えようによっては《楽園》も繋がりそうだった。そこに《海》を関連付けさせようと考えたが、海に囲まれた島に楽園を作るなど、ブルジョアの有り余る資産の使い道かバラエティー番組の企画みたいなことしか思い浮かばなかった。明らかにパスワードにはならなそうなので、案は即刻撤回された。
それから二人で唸り続けるも、夏樹の知識を持ってしても、ヒントを見出すには超巨大迷路の通過点で鳴らす鐘まで辿り着く程の難易度。どうやら、ここから第二関門のようだ。