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オルネフォルの軌跡  作者: はづき愛依
箱の園 Ⅱ
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 記憶がないハビエルでも、ルシファーのことは勿論知っている。

 熾天使ルシファー。全天使の中で最も神の寵愛を受け、生まれながらにして用意されていた確固たる地位に君臨し続けている天使の長。統御議会議長の職務に就き、神から賜る大命の為に行動し、日々天界や物質界のことを考え続けている。しかし威厳や権力を振り撒くことはなく、位階関係なく皆に平等に接する姿勢はほぼ全ての天使から敬愛を集める。とても高尚な存在だ。

 そんなルシファーの勤仕になりたいという叶わない夢は、下級天使の誰もが願ってやまない。ルシファーの勤仕は、憧れの職務ランキング永遠のNo.1だ。自分がその職務に就くことができるなんてと、職員が疑いたくなるのはハビエルも納得だった。

 書状が受理され、役所からルシファー側に、新しい勤仕が紹介されている知らせを届ける為に伝書鳥が飛ばされた。暫くして代わりの者が迎えに行くと返事が来たので、ハビエルは役所の前で待つことになった。

 ルシファーには既に、勤仕が一人付いている。基本は一人いれば大体手は回るのだが、統御議会の議長のルシファーならもう一人いた方がつつがなく日々の職務が捗ることだろう。

 役所前で待っていると、カツカツと地面を鳴らしながら一人の天使が近付いて来た。ハビエルの前で立ち止まると、針でも飛んで来そうな眼差しを向けた。

 一言で言えば、眉目秀麗。ヒールが足された分ハビエルより背が高く、髪は鎖骨あたりまであり、斜めに切り揃えられた前髪が性格を語っている。


「君?」

「え?」

「君が紹介されて来た勤仕なのって聞いてるの」

「あ。は、はい」


 何故か既に機嫌が悪そうだ。第一印象が大事だと心得ているハビエルは、いささか緊張して答えた。迎えに来た彼は腕を抱え、品定めをするようにハビエルの足元から頭まで見る。


「あの。貴方がルシファー様の?」

「ボクはベリエル。ルシファー様の唯一の勤仕。位階は力天使ヴァーチュズ


 ベリエルは“唯一の勤仕”を敢えて協調して自己紹介した。この僅かなやり取りでベリエルがどういう人物か、ハビエルは大体わかった気がする。


「俺はハビエルです」

「位階は何だっけ。権天使プリンシパリティーズ?」


 自分の位階がわからないハビエルは、適当に「はい」と答えておく。そして自分が権天使だと記憶した。


「じゃあ付いて来て」


 歩き出すベリエルの後に、ハビエルは付いて行く。

 後ろ姿の雰囲気だけでも、べリエルは見目がいいとわかる。けれど、ハビエルの第一印象を裏切ることなく、今にも口を尖らせそうな口調で彼は話を続ける。


「全く。ルシファーの勤仕はボクだけで十分なのに。一体誰が君なんかを?」

「知らない人です」

「は?知らない人?」

「はい。見ず知らずの人が、見ず知らずのオレを紹介してくれました」


 すると、ヒールの音がピタッと鳴り止む。その直後に振り向いたべリエルは、訝しむ表情をしていた。


「……どういうこと?紹介状は、知ってる誰かを紹介するものだよ?言ってる意味がわからないんだけど。ボクの耳が悪いのかな」

「俺の言ってることが、おかしいんだと思います」

「まさかこの紹介状、ルシファーに近付きたいが為の偽書なんじゃ?」


 ベリエルは役所からもらった紹介状のコピーを、眉根を寄せて凝視する。

 確かに、何の繋がりのない者を紹介することは異例だ。身分が上の天使に紹介するのだから、その辺にいた者を適当に「この子どうですか」と紹介して実際猫の手よりも使えなかったら、紹介者の信頼が失われるだけだ。あの天使はそんなリスクを知っている筈なのに、知らない上に記憶喪失のハビエルを紹介した。しかもルシファーに。ハビエルがちゃんと採用される確信でもあったのだろうか。

 今ベリエルが穴が空きそうなくらい見ている紹介状には、ハビエルの略歴が書いてある。しかしそれは捏造なので、追及されたら完全にアウトだ。


「確かに、ルシファー様にお仕えすることは夢のまた夢ですけど、そんな公安部に目を付けられるような真似をしてまで……」


 釈明するハビエルを、ベリエルは懐疑を含めた横目で見るが。


「……ま、そうだよね。それに、役所が確認したんなら正式なものだったんだろうし」


 議会の直轄機関がそんな書類を通す訳がないと、役所の手続きを信じることにしてくれたようだ。

 ベリエルはヒールを鳴らして再び歩き出す。


「……あの。これから何処に?」

「ルシファーに会わせなきゃならないでしょ。今は議事堂で職務中だから、居館きょかんに案内するよ」


 そう説明しながら、ベリエルの足は広すぎるエレベーターホールの方へと向かっている。


「何で議事堂に行かないんですか?議事堂にいらっしゃるなら、そっちに行った方が早いんじゃ」


 当たり前の疑問に、ベリエルは歩きながら答える。


「勤仕はただのお手伝いだから、議事堂には入れないんだよ。議会はこの天界を取り仕切る機関。神の大命を直接聞いて使命に従事していることから、“神の代弁者・代理人”とも言われてる。だから、威厳のある天使たちの、神の座に次ぐ聖域とも言える場所なんだ。神の大命から生まれる会話の内容は、公式以外で口外されてはならない。もしもの場合は、情報漏洩とみなされて罰せられる。だから議員以外は立ち入りを禁じられてるんだよ」


 事務所までは入れるけどね、とべリエルは最後に付け足した。

 天使を生み出した神は彼らにとって敬崇けいすうする対象であり、姿を拝謁するのは勿論、その声すら耳にすることも畏れ多いとされている。神が存在すること自体に有り難みを感じるが故、その存在価値を下げない為の決まりだ。


「そんなに特別な場所なんですね」


 二人はエレベーターホールの門を潜り、居住区に繋がる反対側の出入口から木々に囲まれた回廊のような石畳の道を進む。




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