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オルネフォルの軌跡  作者: はづき愛依
箱の園 Ⅴ
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8




 ルシファーたちは、容疑者として公安本部へ連行された。ところが、簡単な聴取をされただけで拘留されることもなく、その日のうちに裁判が行われた。これは異例のことである。罪状は、罪人擁護と謀反とされた。

 まず、グリゴリのアザエルを擁護した罪を問われた。物的証拠はなく、出頭したアザエルからもルシファー邸にいたという証言は得ておらず、状況証拠しかなかった。代表して質問されたルシファーは、屋敷に入れたことを認めた。しかしその時は、逃亡したアザエルだとは気付いておらず、ただ怪我人の手当をしただけだと擁護は否定した。手当てのあとに気付いてすぐに公安部に報告しようとしなかったことを問い詰めると、それに関しては否を認めた。

 次に、謀反に関しても確たる証拠はなく、容疑の段階ではあったが、ルシファーら三人は謀反の意志の否定はしなかった。議会に疑念を持ち、その存在と理念の正邪がはっきりされない限り議会と共に在ることはできないと述べた。その供述により、謀反の意志は確実にあったと認められた。

 判決の時。犯罪幇助と謀反の罪のべリエルとベレティエルには、極刑が言い渡された。謀反を企てた首謀者のルシファーには、禁固刑が下されようとしていた。しかし、原告として法廷にいたアブディエルから、グリゴリたちに紛れて人間と交わった疑いがあると新たに告発され、更なる容疑を問われた。ヤダティ・アサフで裏付けが取れていることを証言されると、誤魔化しようのない証拠にルシファーは眉を顰めた。動機や、当時の立場を自覚しての故意をどう捉えているのかと問われたが、ルシファーは黙秘を続けた。

 事実の隠蔽は、当時の統御議会議長にあるまじき所業だとアブディエルは訴えた。裁判長のザフキエルは、謀反と合わせても禁固刑という量刑は軽いと判断し、ルシファーにも極刑の堕天を言い渡した。ルシファーは、下された判決に反論も控訴の希望もしなかった。


 処刑は、判決後にすぐに執り行われた。これも前例のないことだった。

 堕天の処刑が行われるのは、第六天ゼブルの端にある処刑場ミグダル・ケラ。石を積み上げて作られた塔が、堕ちる天使が天界で最後に立つ場所となる。

 手を後ろに縛られ、公安職員に連れられて長い石階段を登り、その頂上に三人が並ぶ。天界最大の処刑の瞬間の場に、アブディエルら数人の見届け人以外に見物人は一人もいない。処刑を滞りなく行う為、これからルシファーが堕ちることは全体に知らされていなかった。しかしハビエルは、アスタロトにお願いして見られる場所に連れて来てもらい、物陰から見守っていた。

 三人のあとに、もう一人が階段を登って行く。処刑執行人に選ばれたミカエルだった。

 頂上に到着したミカエルは、処刑前の三人に何かの注射を打つ。それは、天使の証の翼を落とす薬。二度と天界に戻れないようにされてしまうものだ。速効性があり、投与された数秒後に効果が表れる。

 一枚目の羽根がはらりと抜け落ちると、枯れ葉のように次々とはらはらと落ちていく。そして三人の足元に白い絨毯ができあがると、最後に、朽ち木のように腐った骨が背中から剥がれ落ちた。僅かな痛みが、これから天使でなくなる事実を教えた。

 儀式が終わり、まずはベレティエルが塔から突き出た板の突端に立たされ、鎖に繋がれる。土踏まずから先は何もない。なのに、相変わらず真面目な表情は、切腹の覚悟を決めた武士のようだ。

 執行人のミカエルは背後に立った。帯刀していた剣を鞘から抜くと、振り上げたところで一呼吸置き、無言でベレティエルを繋ぐ鎖に向けて振り下ろした。鎖が断ち切られると、ベレティエルの身体は前傾し、塔の向こうに消えて行った。

 処刑は淡々と続く。二人目にベリエルが立たされた。澄ました表情で平常心を保っている。未練もなさそうな横顔は、こんな状況でも美しかった。もう彼から、あの見下した言い回しをされることはない。

 ベリエルの鎖が切られようとした瞬間、脳裏に唯一の友達の顔が浮かんだ。自分に寄り添い続けてくれた友に、心の中で「ごめん」と呟く間もなく、その姿は堕ちていった。

 最後にルシファーが残された。神からの独立を望んでいたルシファーは、やっとこの時が来たかというような面持ちで、天使としての終焉の場所に立った。

 やるべきことは全てやってきた。正義を尽くし、誠意を持って職務に従事し、神の意向に従い続けてきた。

 もうここに残すものはない。忘れ物もない。持って行くものはたった一つだけで、とても身軽だった。

 ミカエルがルシファーの背後に立った。処刑する前に、これで最後になるだろうと話しかけた。


「まさか、オレがお前を堕とす日が来るなんて、夢にも思わなかったよ」

「人間ではないのだから、夢なんて見ないだろう」

「ただの例えじゃないか。それとも、ルシファーは人間が嫌いなのか?」

「そんなことはない。彼らとは仲良くしてみたいものだ」

「なら、人間になったらいいんじゃないか?その方が、お前が望んでいる形に近いだろう?」

「それができるならそうしよう。さあ。私を堕としてくれ」


 ルシファーは目を瞑った。塔に風が吹き抜け、旭光きょっこうのような美しい髪が靡く。


「お前なら、何処に行こうが大丈夫だ。幸運を祈っててくれ」


 ミカエルは躊躇いなく剣を振り下ろした。ルシファーを繋いでいた鎖が、切断された。

 前傾になった身体は塔から離れ、宙に浮く。一瞬、飛んでいるように見えた。

 そして、長い金色の髪を靡かせて、ルシファーは天界の下へ堕ちて行った。


「ルシファー!」


 ハビエルは後悔の叫び声を上げた。






 その後。ルシファー堕天の一報が広がった。大変な混乱を招いたのち、彼を敬愛する天使たちが後追い堕天し、延べ三分の二の天使が天界から去って行った。

 その結果、天使は過去に類を見ない数に減少し、その後も混乱は暫く続いた。




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