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オルネフォルの軌跡  作者: はづき愛依
箱の園 Ⅴ
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7




 ある日ハビエルは、ラジエルに書状を届けてほしいとルシファーからお使いを頼まれた。大事な書状らしく、ラジエルに直接渡してほしいと言われた。恐らく、調査中の件に関することが書いてあるとわかっている。頼まれた時、気が進まない心持ちでハビエルは書状を受け取った。

 ラジエルには予め、書状を届けに行くと言う予告をルシファーが送っているので、待ち合わせ場所のゼブルの入口の門の前で受け渡しをすることになっている。ハビエルは透明エレベーターに乗り、役所に行った時以来のゼブルへと向かった。

 あのあとから、ハビエルは一度もルシファーを説得していない。意志が固いルシファーにもう何を言ったらいいのかわからず、ほぼ諦めてしまっていた。話し合いの場でも、ウェイターのごとくお茶を出すか石仏のように話を聞いているだけで、ルシファーたちが着々と終着点へ向かっているのを、ただただ指を咥えて見ているだけだ。

 何の為にここにいるのだろう。そう自問するだけの時間を、無為に過ごしていた。


 ハビエルは予定通りゼブルでラジエルと落ち合い、柱の影に隠れて書状を渡した。ラジエルは受け取った書状を外衣の中に忍び込ませた。


「わざわざありがとう……大丈夫?」

「え?」

「何だか落ち込んでるみたいだから」

「いいえ。何でもありません」


 心配するラジエルに、ハビエルは空元気にして見せる。


「ルシファー様は、まだ探っていらっしゃるの?」

「はい。やめた方がいいと何度か言ったんですが、聞いてもらえなかったです」

「そうか。君はルシファー様の身を案じているのか。あの方はしっかりと芯をお持ちなのは、オレも知っている。きっとルシファー様の意志は、既に固まっていらっしゃるんだろう。でも、まだ引き返せる。諦めないで」

「そうですね」


 ハビエルは落ち込みながら、無理に笑顔を作った。

 ラジエルはハビエルの胸中を察して励ました。しかし、ラジエルはアブディエルが画策していることを……ルシファーの危機を知らない。ルシファーが既に、天界を去る決意をしていることを知らない。


「あ。そうだ。ルシファー様に伝えてほしいことがある。昨日から、公安部が忙しなくしているようなんだ」

「公安部が?」

「何かあったのか、はたまた訓練をしているだけなのかはわからないんだけど。ただ、アブディエル様と公安部が頻繁に書状のやり取りをしてるらしい」


 アブディエルが公安部と……?


「議会から何かしらの指示があったのかもしれないけど、オレでは何もわからなかった。調べてることに関係するかはわからないけど、一応教えておこうと思って」

「ありがとうございます。ルシファー様に伝えておきます」


 接触を短時間に抑える為に手短に用件をすませ、ラジエルと別れた。お使いが終わったハビエルは再びエレベーターに乗り、下層に下りる。

 公安部が動き出した!?アブディエルから何か指示があったのか?そんな。まさかもう!?……思い過ごしかもしれないけど、早くルシファーに言わないと!

 逸る気持ちを抑えながら、ハビエルは別邸に戻った。


 戻る途中、別邸に繋がる道に多くの者が立ち止まっていた。マコノムで休暇を取っていた者たちのようだが、何やら騒ぎになっている。

 重なる人影のその先は、別邸の敷地だった。野次馬のささめきごとに紛れて、ざわりと嫌な予感が過る。

 ハビエルは状況を知ろうと、人影の隙間をうまく覗いて前方の様子を見た。別邸の門前に、数人の覆面が立っている。それは、誰も近付かないよう見張りをする公安部の職員だった。

 まさか……!?

 嫌な予感が的中したハビエルは、野次馬を掻き分けて前に進んだ。しかし先頭に出られても、見張りの公安職員に止められてその先に進めない。

 別邸は目の前だった。建物の扉の前にも職員が二人立ち、物々しい雰囲気だった。恐らく中にも立ち入っているが、外からは中の様子がわからない。ルシファーたちはどうなっているのか、べリエルは暴言を吐いていないだろうかと、居ても立ってもいられなくなりそうになる。

 案じながら様子を窺っていると、扉が開いた。野次馬の中の誰かが「出て来るぞ」と言うと、一気に視線が集まった。

 まず、公安職員が数名出て来た。そのあとに、手錠で拘束されたルシファー、ベリエル、ベレティエルが出て来た。

 ルシファー!

 ハビエルは衝動で駆け出そうとしたが、後ろから誰かに肩を掴まれた。振り向くと、アスタロトがそこにいた。


「キミは、ダメ」

「でも!ルシファー様が!」

「ダメ。キミは、希望の人。だから、ダメ」


 アスタロトはいつものボケッとした面持ちではなく、心なしか真剣な表情で制止した。糸を張ったような彼の様子を察し、わからざるを得ない状況を苦い思いで飲んだハビエルは思い留まった。

 三人は連行されて行く。それぞれに抵抗する様子はない。周りの野次馬たちは、ルシファーの手首に嵌められた手錠を見てざわつきを抑えられない。

 ハビエルは、連行される三人をただ見ていた。踏み出しそうな両足を地面に無理矢理貼り付け、野次馬たちの一員に無理矢理なりすました。

 すると、ハビエルに気付いたルシファーがこちらを向いた。目が合うと、薄っすら微笑んだ気がした。


「……っ」


 叫びそうになったが、やはり思い留まるしかなかった。ハビエルには三人を助け出す術はない。アスタロトの制止を振り解いて飛び出しても、何の意味もない。懸命にそう自分に言い聞かせた。

 ハビエルは、ひたすら無情を浴びる。そして自分の無力さに、両手を強く握り締めた。




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