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オルネフォルの軌跡  作者: はづき愛依
箱の園 Ⅴ
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6




「アブディエル。役所から、渡した書類のサインはまだなのかと催促されてるようだぞ」


 議長執務室に訪れるやいなや、ミカエルは役所からのクレームをアブディエルに言った。雑談をしていた事務員から聞き、代わりに言ってきてやるということで、ミカエルの入室第一声になったのだ。


「申し訳ございません。やることが多くてすっかり忘れておりました」


 アブディエルの机の両端には、紙の束が散乱していた。その中から役所からの書類を探し、サインをする前に内容に目を通す。

 その間、ミカエルはアブディエルをじっと見ている。その視線に気付いて、アブディエルは顔を上げた。


「……何か?」

「あ、いや。近頃、機嫌がよさそうだと思って。何かいいことでもあったのか?」

「いいえ。大したことでは」

「何だよ。どうせ、仲良しのヨフィエルは知ってるんだろ。二人だけの秘め事か?プライベートなことなら詮索はしないけど」

「秘め事はしておりませんが……」

「職務関係だったらオレにも教えてくれよ。七大天使の肩書きを捨てて来たんだ。特別顧問はまだ大した活躍もできていないお飾りだと噂されたら、お前の評判にも影響するんじゃないか?」


 ミカエルは遠回しに教えてほしいと要求しながら、サインされた書類をもらおうと手を出す。アブディエルが差し出すと受け取ったミカエルは扉を開け、廊下で待っていた事務員に渡した。事務員は礼をするとすぐに立ち去った。


「大したことではありません。大命の為に誠心誠意尽くせることに、この上ない幸福を感じているだけです」

「今度の大命は、かなり長期的な計画だろう?随分とやる気じゃないか」

「私はどんな命でも、神の為と思っておりますよ」

「それにしてはいつもと違うじゃないか。おまけでも付いてきたのか?」


 アブディエルは、ミカエルが話を誘導しようとしていることに気付く。


「……ミカエル様。何を聞きたいんです?」

「聞いたら話してくれるのか?現状お飾りの特別顧問のオレに」

「仲間外れにしているつもりはありませんよ」


 アブディエルが話す気になると、ミカエルは一人がけソファーに座った。面持ちは真剣になり、本当の用事である話を切り出した。


「では聞こう。ルシファーがこちらのことを探っていると聞いた。だがお前は何も対処しないそうだな。何故、何もしない。邪魔をされてもいいというのか」

「邪魔をしてもらおうなど毛頭思っておりません。ですが、ルシファー様には自由にやってもらって構いません」


 ミカエルは眉を顰める。


「……何を考えている?」

「ミカエル様もおわかりでしょう。議会われわれに反抗することは何を意味するのか」

「ああ。だから対処しなければ……」


 眉を顰めるミカエルの言葉が止まる。そして、アブディエルの画策にじわりじわりと気付いていく。


「……お前。まさか」

「ルシファー様には、天界を去ってもらいます」


 それはつまり、天界で最も威厳があり愛されるルシファーの、堕天。

 アブディエルの私怨は、究極のかたちへと進化していたのだ。


「何を!」


 驚愕と興奮でミカエルは立ち上がった。


「そんなことになれば天界中が混乱するぞ!どれだけの影響が出るか!」


 ルシファーが堕天となれば天界全体が混乱し、彼を敬愛する多くの者たちが悲しみ嘆き、最悪後追いを始める。そうなれば、更なる混乱を招くことをミカエルは危惧する。しかしアブディエルは、それも想定した上で考えは変えないつもりだ。


「追いたいのならそうすればいい。ルシファー派が多いことは知っています。私の下が嫌だと言うのなら、好きにすればいい。ルシファー様やミカエル様には及びませんが、私を慕う者もいます。去る者に興味はありません」

「何てことを……それが正しいことだと思ってるのか」

「正しいかどうかではありません。神に従うかどうかです。それを基準に“正”か“邪”を問うのであれば、私の判断は間違いなく“正”だと断言できます」


 アブディエルは毅然と言い切った。

 神の代理人の議会は常に正しき存在という認識であり、どんなことでも肯定される。冷静な他人から見ておかしいと思ったとしても、議会が「正しい」と言えばそうであり、その常識が覆されることはない。


「だが、どうしてそうなる!?ルシファーの堕天は天界の大きな損失だと、お前もわからない訳じゃないだろう!」

「昔ならそう考えたでしょうね。しかし、時が流れれば価値観は変わるものです」

「アブディエル……」

「納得できないと言うのなら、ミカエル様もあの方に付いて行かれますか?私に何を言おうが、私の意志は私にしか変えられない。所詮貴方は、お飾りの特別顧問なのですから」


 己の意志に一切の疑いも迷いもない統御議会議長アブディエルは、淀みない瞳と芯が通った声音で言った。

 ルシファーが議会に反する行動をこのまま黙認していれば、やがてそれを謀反として罪に問えるとアブディエルは画策した。奇しくもルシファーは、アブディエルが望む方へと再び歩いていることになる。

 しかし、アブディエルはルシファーの願望を知らない。ルシファーも、アブディエルの願望を知らない。けれど二人は、同じ結末に辿り着こうとしている。

 まるで、両者が互いの願望を叶えようと助け合っているように。






 七大天使のラグエルは、覆面を被った姿で公安本部を訪れた。とある人物に呼ばれたのだ。

 職員は外での任務の際は覆面を被るが、本部の中では皆素顔を晒している。しかしラグエルは身内ばかりの中でも覆面を被り続け、目指す場所に向かった。

 そこは、公安内でもごく一部の者しか知らない場所にある、部署の名前が表示されていない一室。ラグエルはノックをして中に入った。

 室内には同じく覆面を被った者が三人並んでおり、召集された最後の一人だったラグエルは一番端に立った。

 メンバーが揃ったところで、捜査員たちはそれまで被っていた覆面を取ると、正面に立つ上官に対して敬礼をした。

 彼らは、天界公安部機密捜査班。通称、機捜班に所属する捜査員だ。


「緊急召集とは、一体何があったのですか。ミカエル様」

「これから、天界始まって以来の大事件が起きる。我々はそれを阻止しなければならない」

「大事件とは」

「天使長ルシファーに、堕天の危機が迫っている」

「そんなまさか!あの方が堕天なんて、一体何故!?」


 喫驚する一同だったが、すぐにその要因となるものの存在に気付いたラグエルは表情を強張らせる。


「……まさか」

「想像の通りだラグエル。理由は不明だが、統御議会議長アブディエルが企図して堕とそうとしている。ルシファーが堕天となれば、天界の混乱は避けられない。この最悪の事態を何としても回避する」

「相当重大な案件ですね。今回の任務は」

「その通り、責任重大だ。故に、アブディエルに悟られてはならない。あまり目立たないようにする為に、少人数で行動する」

「作戦はあるのでしょうか」

「考えてはある。アブディエルがルシファーを謀反容疑で裁判を起こす前に極秘実験を暴き、画策を阻止する」


 勿論ミカエルは、謀反容疑だけで堕天とは考えていない。それ以外にも、罪に問う材料を何かしら用意していると想定している。故に、裁判の判決はどうなるかわからない。できることは、現時点で手元にある情報の証拠を早急に固め、アブディエルに突き付けるしかない。


「それが第一だが、知っての通り議会は手強い。だから、万が一オレが失敗してしまった場合を想定した、多少強引な手段も考えてある。だが、飽くまでも裁判前の検挙を目的に、現任務と同時遂行する」

「了解しました。ルシファー様への密書はどう致しましょう。標的にされていることを、お伝えした方が宜しいでしょうか?」

「……いや。ルシファーはルシファーで、自分が置かれている状況を承知して対策は考えているだろう。無策で危ない橋を渡るような奴じゃない───では、情報を整理しながら今後の策を練るぞ」


 公安部機捜班は、急遽追加されたルシファー堕天阻止の任務遂行へと動き出した。当事者の思惑など露知らず、正義の名のもとに己が成し得る使命だと信じて。




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