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オルネフォルの軌跡  作者: はづき愛依
箱の園 Ⅴ
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5




 マティの牢獄の責任者サンダルフォンは、間もなく禁固刑が終了する罪人を牢獄から出す許可を申請する書類を議会に提出に来た。

 刑期が終わったからと言って、責任者の判断で罪人をすぐに牢から出すことはできない。刑期中の様子の記録と刑期終了報告書を提出し、統御議会議長・裁判長・公安部保安管理局長の三人の許可が下りなければ、罪人を牢から出すことはできない。

 議事堂で事務員に書類を渡し、サンダルフォンは帰ろうとした。その時、会議が終わったアブディエルたちが会議室から出て来るのが見えた。気付いたサンダルフォンは、グリゴリが連れ出された時の疑問を投げかける好機だと思い近寄ろうとしたが、二人の側に見たことのある人物を見かけて足を止めた。


「……あれ。メルキゼデク?」


 アブディエル様の勤仕の彼が何で……。

 おかっぱ頭に三日月のような口元は、間違いなくメルキゼデクだった。通常なら議員以外は奥に入ることはできないが、どういう訳か勤仕である知り合いが議事堂内で統御議会のツートップに堂々とくっ付いている。急遽、力天使が議会に加入したなんてことも考えられない。

 サンダルフォンは急いで階段を上り、三人を追って行く。守秘義務が付随しているが、サンダルフォンは後の議員候補として奥へ入ることを特別に許されていた。

 声をかけるタイミングを覗ったが、アブディエルもメルキゼデクも小会議室に入ってしまった。迷ったサンダルフォンだが、滅多にない機会なので会議室の扉をノックしようとした。すると、中の話し声が聞こえてくる。


「しかし、対象とする人間を増やしたことで、人手も手間もかかりますね。協力を要請した権天使たちからは、早くも不満が出ております。気が遠くなると」

「人間かぶれが。不満を言える立場ではないだろ。大命に応える為だと言い聞かせてくれ」


 アブディエルは手近な椅子に腰かける。


「過去の方は、もう判明しているんだろう?」

「はい。現在存在する善悪の王や指導者の先祖を追うと、普通の人間よりも素質が抜きん出ているようです。研究で導き出した推論を加味すると、祖先からの教えが継承されている可能性があるようです」


 ヨフィエルが途中経過をまとめた資料を手渡すと、アブディエルはざっと目を通した。メルキゼデクもごく自然に覗くと、ヨフィエルは無言で目を細める。


「成る程。遺伝思想という訳ですね」

「途中で外的要因による思想の変質などの例外が出ない限り、続いていくのでしょう。対象の選定を始めますか?」

「いや。今お前が言った通り、繁栄の途中で途絶える可能性もある。その他にも、影響されて誕生したり、途絶えたものが復活するという可能性も捨てきれない。悪を排除する為とは言え、人間の運命に手を加えるのだから、この案件は慎重に進めなければならない。もっと追っていけば、明らかに排除すべき対象が判明するだろう」


 人間の排除?

 サンダルフォンは思いがけなく、議会が遂行中の大命の内容を聞いてしまう。心がざわつき動悸する。


「良い人間が残れば、神や我々の心労もなくなる。そしてこの大命をやり遂げれば、その愛情を更に我々へ注いで下さる。ルシファー様も処罰できれば、私の心は快晴なのだが。そっちはどうだ」

「お喜び下さい。ラジエルに情報開示を命じて記録をひっくり返し、細部まで漁りました。多少の扮装はしていましたが、アブディエル様の推測通りそれらしき人物を確認できました」

「やはりな。あの時物質界に降りたのは、二〇一人だったということだ。ラジエルは知っていて隠していたのか?」

「本人は、隠蔽するよう圧力をかけられたと言っております。ですがラジエルはルシファー様を敬愛しているので、協力した可能性もあります」

「なんと。俄には信じ難い事実が浮き彫りになりましたね」

「確認できたのなら、その真偽は二の次でいい。ヤダティ・アサフに記録されていたのなら、確実な証拠になる」


 アブディエルの手元には、公安部で密かに保管されていた本物の調書があった。偽装操作が不可能なヤダティ・アサフの記録と合わせ、決め手となる証拠が手元に揃ったことになる。


「では、私の方で裁判に向けた資料を作成し、告訴の準備を調えておきます」

「頼む。ところで、ザフキエルがいないが」

「また草いじりにでも行ったのでしょう。彼がいなくても、アブディエル様を支えるのは私だけで十分です」


 近頃のザフキエルは、会議には出るものの大して発言しなくなり、二人と行動することもなくなった。会議が終われば、新婚の夫が妻の待つ新居に帰るが如く、誰よりも早く会議室を去って行く。大命着手当初はヨフィエルと協力して調査もしていたが、諸事情があると言って抜けてしまった。

 アブディエルも彼の様子の変化は感じていたが、理由を聞くでもなく、そういう心持ちの変化だとして何もしていない。去る者は追わず、もし敵になるのならそれなりの心構えでいるまでだと。


 色々と聞いてしまったサンダルフォンは、顔色を変えて議事堂を出た。

 どうしよう。聞いてはいけないことを聞いてしまった……アブディエル様は、悪い人間を物質界から消そうとしてる。どういう訳かルシファー様の身も危ない。メルキゼデクも何で普通に一緒にいるの?……一人で考えてもどうにもならない。取り敢えずメタトロンに……。

 でも待って。アブディエル様がやろうとしていることは大命なのかな?統御議会議長とは言っても、独断でそんなことできる訳ないし。でも、神が人間を排除させる大命なんて。悪い人間だけみたいだけど、そんなこと本当に……。


「……ああっ!聞かなければよかった!どうしよう!」


 サンダルフォンは、エレベーターホールで頭を抱えしゃがみ込んだ。望めば聞いたことを忘れるなんて、脳はそんな便利な機能は備えていない。しかも聞いてしまったことは、どれだけ時間が経とうが消えそうもない。知り合いが関わっているのなら尚更だ。

 頭を抱えたまま暫く考えた。そしてサンダルフォンは意を決したようにエレベーターに乗り、上の層に向かった。




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