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オルネフォルの軌跡  作者: はづき愛依
箱の園 Ⅴ
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 ある日の会議が終わったあと、ザフキエルは話がしたいというミカエルに呼ばれた。ミカエルの執務室に通され、二人は対面で座る。

 ミカエルの執務室内は、机、一人掛けソファーが二脚、テーブル、書棚と備え付けの物しかなく、大変質素だった。赤い派手めな外見とは違い、シンプルが好みのようだ。


「いささか緊張しますね」

「そんなに固くなるなよ。普通に同僚なんだから」


 ザフキエルはミカエルが淹れたハーブティーを恭しく飲んだが、ハーブの香りがいまいちわからなかった。

 一つ息を吐くと、呼ばれた理由を聞いた。


「私に話とは、何でしょうか?」

「特段、何を話したいって訳じゃないんだ。初めて一緒に仕事をするから、人となりを知りたいと思って。職務中以外で話したことないだろ?」

「そうでしたね。では、他の者とも?」

「あぁ。ヨフィエルとラジエルともな。雑談を小一時間したよ。だから、他の奴らに話せないプライベートなこととかあるなら聞くぞ」


 切り出されたザフキエルは言葉に甘えて、外で一緒に仕事をしているウリエルとの接し方が現状のままでいいのか、ミカエルに聞いた。するとミカエルは、ウリエルは自分の世界を持っているから放置しておいても問題ないと、アドバイスをくれた。ついでに、現在の内向的な性格になった経緯も話してくれた。

 ウリエルは大洪水が起きる前に、ノアという人間に危険を知らせに行き、その際に事情を説明した。すると「そっちの責任ではないのですか。天使様は責任を放棄なされるんですか。仲間の尻拭いくらいして頂かないと、人間が何千万何億いても足りません」と予想外に面責されたことがショックで、自分の職務に自信をなくしたのだ。ミカエルもできるだけフォローしたが、相当堪えたらしく、それからフードを被ったままになってしまった。知らなかったザフキエルは、七大天使も苦労があるんだなと同情を禁じ得なかった。

 雑談が一つ終わると、ザフキエルの緊張も解れていた。


「───そう言えばミカエル様は、アブディエル様とは以前から面識がございましたよね。最初はどんな印象を抱かれましたか?」

「第一印象は、誠実で純粋な奴だと思ったよ。あいつが議長になるなんて、その時は想像してなかったなぁ……ザフキエルは、議長のあいつをどう思う?」


 その質問に対して、ザフキエルは視線を下げた。本心を口にしてもいいのか考えている。


「真面目に答えなくてもいいぞ。ただの雑談だ」


 ミカエルは自分で淹れたハーブティーを飲み、嘘を言っても大丈夫だと言う。ザフキエルは、信頼の置けるミカエルの配慮に少しだけ本心の扉を開けて話した。


「……あの方は、懸命だと思います。本分にしろ、大命にしろ、考えにしろ、全てにおいて」

「上に立つ者としては、いい傾向だな」

「あの方は以前からそうです。特に神のご意志には……その懸命さから、ルシファー様とはぶつかってばかりでしたが」

「議長のルシファーとやり合ってたのか。根性あるな」

「おかげで、会議が滞ることがしばしばありましたが」

「だが身分を気にせず、上の者に流されず合わせず主張できるのは、特筆すべきことじゃないか?」

「……そうですね。でなければ、議会にはいなかったかもしれません」


 その言葉は嘘ではなかった。ハビエルたちにアブディエルをあまり信用しない方がいいと言ったザフキエルだが、その能力を認めていない訳ではない。懸命にルシファーに倣って努力して培った能力は、確かに彼の実力ではある。多少強引なところはあるが、ブレることのない芯はアブディエルの強みだ。


「しかし、ミカエル様の方が議長に相応しいのでは。ご興味はおありで?」


 聞かれたミカエルは苦笑いし、「ないない」と顔の前で手を振る。


七大天使アーク・シェヴァをお辞めになったではないですか」

「その理由は最初に言った通りだよ。あと、アブディエルが面白そうなことをやっていると耳に挟んで、それに釣られただけだ」

「それは……実験のことですか。では、研究施設には行かれたのですか?」

「議会に入って暫く経つけど、何をやってるのか聞いてもいないんだ。施設にも行ったことはあるが、ヨフィエルに門前払いされた」

「ではご存知ないのですか」

「アブディエルが、人間の魂から負の感情を抜き取って集めていることは聞いた。それ以外は知らないんだ」

「私はてっきり、特別顧問でいらしたので、お話を聞いてそちらも協力されているのかと」

「肩書きは名ばかりだ。意見を言っても、何故かオレを目の敵にしているヨフィエルに反発されるしな」


 肩を竦めて冗談混じりにミカエルが言うと、同僚の仕業にザフキエルは空笑いをするしかない。


「お前は関わってるのか?」

「私は直接関わってはおりません。ですが、詳細はヨフィエルから聞いております」


 本当はミカエルにはまだ言うなと口止めされていたが、いつまでも蚊帳の外は申し訳ないと思うザフキエルは、ヨフィエルから聞いたことを話した。アブディエルが集めた負の感情で行われた実験のこと、前回の大命はその天使ならざる実験が採用されたことを。

 実験の全貌を知ったミカエルは、眉間に深い皺を刻む。


「あいつ、そんなことをやってたのか」

「だから極秘なのです。こんな実験が周囲に知られたら、大混乱を引き起こしますから」

「大混乱というか、大反乱が起こりそうだな。まぁ、漏れてないなら問題ないが」

「いいえ。どういう訳か一部に怪しまれておりまして」

「本当か?一体誰に」

「ルシファー様です。これもヨフィエルから聞いたのですが、実験内容を調べていらっしゃるようで」

「ルシファーが……」


 下唇を触りながら、ミカエルは深刻そうな顔付きになる。そんな強敵が相手では、いざ対抗すればそんな実験は全て白紙になってしまうことは、ミカエルの目にも明白だ。


「アブディエルはそのことを知ってるんだろ。どうするつもりなんだ」

「特に何もされないおつもりです」

「放っておくのか。知られたらマズイだろ。何考えてんだあいつは」

「あの方はあの方で、考えていることがあるようです」


 ザフキエルは、アブディエルが良からぬ結果を期待していることは言わなかった。

 どうせルシファーが突き止めれば、アブディエルは苦虫を噛み潰したような顔をし、実験はやめざるを得ない。そして、原告としてルシファーが立ち裁判長の自分が手を組んで懲戒処分の判決を下せば、アブディエルは失脚する。そうなる運命だと高を括るザフキエルは、ルシファーが戻って来る可能性を薄ら期待していた。




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