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オルネフォルの軌跡  作者: はづき愛依
箱の園 Ⅳ
49/106

22




 そのあと、ハビエルはルシファーに呼ばれ書斎へ行った。

 ハビエルは反省していた。これだけ言葉と行動が矛盾していれば、べリエルから疑われるのは当然だと自覚した。ルシファーを助けたい一心で反対し続けていたが、天使であるという弁えと仲間への配慮が足りなかったと自省する。しかし、力がない自分には、言葉でどうにかするしか思い付かなかった。

 自分の伝書鳥に餌を与えながら、ルシファーは話し出した。


「さっきはベリエルがすまなかった。あとでまた言い聞かせておく」


 自身も困惑しているだろうに、ルシファーはまずハビエルを気遣った。優しさにハビエルの胸は痛む。


「……俺はルシファー様にとって、邪魔な存在ではないですか?」

「そんなことはない。何度も私に言ってくれている言葉に、君の思いが込められていることもわかっている」

「なら、俺の気持ちを汲んでくれませんか」


 足掻くハビエルは、木の枝の一本くらい流れていてくれと希望を抱いて手を伸ばす。

 餌が入った皿を置き、ルシファーは振り向く。真剣な面持ちの中に、少しの戸惑いを潜めて。


「ハビエル。私の意思は変わらないんだ」

「考え直す余地は、少しもないんですか」

「ならば、君に問おう。アブディエルがやっていることは、正しいと思うか?現在の物質界の先で、人間は幸せになれると思うか?一部の天使が神から独立しただけで多大な損失を被る程、天界は脆いと思うか?既存の枠組みから外れることは、異端だと思うか?」

「それは……」


 ハビエルは口籠もってしまう。

 アブディエルがやっていることは、正しいとは思えない。これから先の物質界は、決して幸せな世界ではない。既存の枠組みから外れることは異端ではなく、前例がないだけの稀有な存在だ。

 ルシファーがやろうとしていることは、間違ってはいない。自分の信念を貫き、間違っていることを声を出して間違いだと叫べるのは、ルシファーしかいない。道の先に崖が待っていようとも決して怖じない芯の強さは、誰もが認め憧れる。

 わかっている。この数カ月を共に過ごして、ルシファーの性質は理解した。しかし、理解した上でも、ハビエルの思いは変質しなかった。

 変えられなかった。変えたくなかった。


「………でも。でも俺は、あんたを守りたい」

「ハビエル」

「だから俺はここにいるんだ。あんたに言われたから」


 様子が変わったハビエルの言葉遣いに、ルシファーは少し怪訝な顔をする。抵牾しさや悔しさが渦を巻いたハビエルの感情が次第に高まり、悠仁としての思いが滲み出てくる。


「俺はあんたに頼まれたんだ。訳わかんないまま来たけど、このままじゃここに来た意味がない。俺がここにいる意味がないんだ。あんたを助けなきゃ何にもならない」

「ハビエル?」

「止められないのに、それなら何であんなメッセージを残したんですか!俺に希望を託したんですか!……助けてくれと言ったのはそっちじゃないか!」


 蓄積された感情が爆発した。書斎に数秒間の沈黙が流れる。


「………私は、君に何かを言ったのかい?」


 ハビエルは言われてハッとする。最大にして最悪のミスを犯したことに、顔面蒼白する。


「全く心当たりがないんだが……勤仕になる前に会ったこともないと思うが」

「あ……あの………」


 気が動転して頭が真っ白になり、目が泳ぐ。その場凌ぎの言葉も出てこない。頭のおかしな奴だと勘違いされないように誤魔化そうと台詞を考えようとするが、脳はネット環境が悪いデバイスのようになっている。

 ハビエルは明らかな動揺を見せた。しかしルシファーはそれ以上の追及はせず、何も聞いていなかったように再び語り始める。


「君には君の貫きたい思いがある。私には私の譲れない思いがある。どちらかを尊重するか、天秤にかけて片方を選び取るのか、そんなことはできない。私は、君の思いを無下にできない。恐らく君も、同様に思っているのかもしれないが……いや。これは私の都合のいい解釈だな」


 ルシファーは止まり木の伝書鳥を腕に乗せると、窓を開けて放った。鳥の散歩の時間だった。飛び立った鳥は、広い青空へと冒険に出かけた。


「どちらかを尊重し選ぶことは、非常に難しい。自分の意思でさえ、選ぶことを躊躇うのだから」


 鳥を見送ったルシファーは、ハビエルの方に向き直る。そして、ベリエルにさえ言っていないがと前置きし、本音を口にする。


「私は本当は、何が正しいのかわからない。確信を持って独立を望んでいるのではないのだ。だが、帰属意識が薄れたまま従い続けるのは難しい。明らかに裏切り行為になることもわかっている。けれど、それでも、こうするしか私が望む“個”は生きないのだ。私は私でいられるようにする為に、独立をするのだ」


 ささやかに吹く風が、ルシファーの金色の髪を揺らす。

 揺るぎない意志の裏側には、まだ僅かな迷いが漂っていることをルシファーは明かした。周囲への影響力の理解や、正しいことだと断言できないと言いつつも、迷いを打ち消す為に本意を優先する。そこには、希望と恐れが混在していた。

 ルシファーは観念するように表情を緩めた。


「君は不思議な存在だ。ベリエルに言えないことを、何故君に言えたのだろう」

「ルシファー様……」


 その胸奥を知ったハビエルは謝ろうとした。するとルシファーは近寄って来て、ハビエルの左手を取った。


「このブレスレット。失くしたものと似ていると言ったが、本当は瓜二つなんだ。この石は、シェハキムの山でしか採れないとても貴重なもので、熾天使でもほぼ持っていない。こんなものをもし熾天使以外が持っていたら、周りから鄙陋ひろうだと侮蔑される」

「鄙陋?」

「卑しいということだ。それを知っていながら身に付けているのなら、よっぽど大切なものなんだな」


 そう言われるが、そんな意味が含まれているとは知らなかった。ベレティエルやアスタロトはブレスレットに気付いて、意味を脳内で反復していたのだろうか。

 しかし、これは物質界の代物なので、そんな意味はなさない。このブレスレットは物心付いた時には身に付けていて、親からはどんな状況になっても絶対に外してはダメだと言われていた。先祖代々受け継がれているお守りだそうだが、どういうご利益があるかは聞いていない。ただ、遠い先祖はヨーロッパの方の出身だと聞いている。


 結局、二人の思いは擦れ違ったままとなった。それは、ルシファーが天使ではなくなるのを免れないという事実。

 目の前にあった目標は、ハビエルの視界から消え去った。




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