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「天使が神から独立する?そんな話聞いたことないし、そんなこと考える奴はバカだよ」
べリエルのバカ発言経験二度目のベレティエルは、ルシファーの告白の衝撃に浸りながらやっぱり困惑する。
「ほんと何考えてるの。信じられない。そんなこと周りにバレたら、おかしくなったって精神鑑定されるよ。本当にどっかで頭を強く打っておかしくなったんじゃないの?」
「ベリエルは反対か」
べリエルは鼻からふんっと息を吐く。
「バカとは言ったけど、反対とは言ってないでしょ。勤仕にならないかって言われた時から、ボクは貴方に付いて行くと決めてる。ルシファーがそうしたいなら、ボクは後押しするよ」
「ベリエル……」
「正直なところ、このままルシファーが堕天しちゃうのはちょっと嫌だなって思ってたけど、今の話なら賛成できるかな。堕天じゃなくて独立なんでしょ?前例がないから独立したらどうなるかは想像できないけど、ボクたちが前例を作っちゃえばいいんだし。いいんじゃない?独立」
ベリエルに反対の意思はなく、ルシファーの意志に前向きに従う意向を示した。完全に孤立していた自分を救ってくれたのが神ではなかったべリエルが生涯仕えたいと思うのはルシファーなので、当然の選択だった。
「ちょっと待って下さい。俺は反対です!」
賛成が過半数になる前に、焦ったハビエルは反対する。話を聞けばべリエルと一緒に応援したくなりそうだが、事態を冷静に捉えていた。
「独立って言えば平和的なイメージかもしれませんけど、そんなの神が許すと思いますか?ルシファー様が独立をしたいなんて言ったら、それこそ逆鱗に触れて堕天ですよ!アブディエル様の実験を探る方がまだ可愛いものだし、神も大目に見てくれるかもしれません。それに、俺たちの意思が全く尊重されてない訳じゃないんでしょう?独裁者じゃないんだから、ルシファー様の気持ちを伝えればちゃんと耳を貸して下さる筈です。だから……」
言葉を言い並べて何とか諫言を試みるが、「ハビエル」とルシファーは話を遮った。
「それもわかっている。天界にいる者全てを裏切ることも。だが、君が何度も説き伏せようと試みても、私の中の天秤は傾きを変えることはない」
その意思はまるで、不動の巨岩。小石を使ったテコの原理では、巨岩は微塵も動かない。堕天の危機から救いたいと思う気持ちはあるのに、ハビエルはもう何を言ったらいいのかわからなかった。
「……あのさ」
するとベリエルが、ハビエルに眼差しを向けながらしゃべり出した。
「前から思ってたんだけど、ハビエルってことあるごとにルシファーに反対するよね。何でなの?」
「何でって……それは、ルシファー様を助けたいから……」
「それ本当?勤仕は主を助けるのが仕事なのに、助けたいなら反対しないでしょ。アブディエル様の実験の邪魔をさせたくないから、反対してるんじゃないの?」
ベリエルの眼差しは、ハビエルがアブディエルのスパイではないかという疑いの眼差しだった。べリエルの懐疑的発言に、ベレティエルまでもが僅かにそれを含んだ視線を向ける。
「まさか!そんな訳ないじゃないですか!」
「そもそも、最初からおかしいところはあったんだよね。何の実積もない無名のくせに、ルシファーの勤仕になるなんて。それに勤仕になる時、紹介者とは面識もないし相手が誰かも知らなかった。怪しんで下さいって言ってるようなものじゃない。実はアブディエル様の回し者で、実験の邪魔をされないように指示されて来たんでしょ。そうに違いないよ!」
「違います!絶対に!」
「じゃあ、紹介状を書いてくれた天使をここに連れて来てよ。そしたら信じてあげる」
「それは……」
紹介状をくれたアスタロトはもういない。捜そうにも、神出鬼没だから居場所も特定できない。さっき現れた時に紹介者だと言っておけばよかったと、ハビエルは後悔する。
「あれは偽物だって認めるの?どうなの?それじゃあ、ルシファーに近付いた目的は?アブディエル様の回し者じゃないって言うなら、君は何でここにいるの?」
「あの。それは……」
矢継ぎ早に繰り出される質問に、ハビエルは言い淀む。
自分は本当は未来の物質界から来た人間で、その時代に会ったルシファーから助けを求められたからここにいる、なんて言える筈がない。言っても信じてもらえる訳がない。余計に疑われてしまうだけだ。ハビエルは追い詰められる。
ベレティエルはべリエルの審断の正否を見極めようと、無言でやり取りを見守った。
「ルシファー。ハビエルは追い出した方がいいよ。きっとこれからも邪魔をし続ける。アブディエル様に突き返してやろうよ!」
猜疑心から決め付けるべリエルは、ルシファーに正式に処分してもらおうと主張するが。
「落ち着けベリエル。ハビエルが誰から紹介されたかも不明だが、君が言うことにも証拠はないだろう」
「そうだけど。でも!」
「君は他人を疑い過ぎだ。私を慕ってくれているが、私だけが正しい者ではない。もしかしたら、神から独立をしようとしている私が天界で一番の悪者かもしれないぞ?」
「そんな訳ないじゃない」
次第にべリエルを諭すルシファーの口調が変わる。
「ベリエル。君のその両目で、ちゃんとその者の本質を見極めなさい。斜めからでなく正面から見ないと、勘違いをされ酷い扱いを受けることは、君が一番わかっているだろう。ハビエルを君と同じにするつもりか?」
「……でも。だって」
「君はここに来て変わった。だから他人を偏見で見ることもやめられる筈だ。私を信頼してくれているようにできる筈だ……べリエル。私以外にも心を開き寄り添える者を見つけることが、君には必要だ。ハビエルのことも、本当はわかっているんだろう?」
「………」
ルシファーに諭され口を噤んだベリエルは、またハビエルを見た。眉頭を寄せて唇を尖らせ物言いたげな眼差しを向けたが、視線は床に落とされた。
ハビエルは、ルシファーを堕天から守りたくて反対した。ベリエルは、ルシファーの意思を守りたくて疑った。どちらも守りたいものがあるからこその衝突と擦れ違いだが、ルシファーへの思いという信念が共通してあることはお互いにわかっていた。




