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その時、扉をノックする音がした。ここには四人しかいない筈だった。もしや侵入者に内報を聞かれてしまったのかと、警戒心全開にして全員一斉に振り向いた。
応接室の扉がいつの間にか開いている。そこに二人の人物が立っていた。
「何か真面目な会話の途中みたいだけど、ただいま」
「ベリエル様!」
休暇を取っていたベリエルが、やっと帰って来た。ハビエルは安堵した表情を浮かべ、ルシファーも安堵から顔が綻んでいる。
「ただいまじゃないだろう。手紙だけ置いて何処へ行っていたんだ」
「すみませんでした。いくらでも雷を落としてくれていいですよ」
「今すぐしたいところだが、それはあとにする。今、一つの謎が解けた」
「謎?て言うか、集まって何してるの?」
見たことがない顔触れでお茶会を開いているような雰囲気でもないので、べリエルは小首を傾げる。
ルシファーは、協力者のラジエルとベレティエルを紹介した。紹介された三人は互いに会釈をする。
「それよりもベリエル様。その方は……」
「あぁ。何か敷地内で挙動不審にしてたから、連れて来た」
「不審人物ならすぐに追い出した方が。もしかしたら、議会の関係者かもしれません」
ベレティエルは警戒して忠告するが、ラジエルが仲介に入った。
「大丈夫です皆様。アスタロトは予言を提供している者です。議会とは一切関係ありません」
二人は同じ座天使で、知り合いでもあった。聞いた一同は安心したが、ハビエルは最初からアスタロトに警戒心はなかった。
アスタロトとは一度だけ会ったことがある。記憶のない自分に名前を付け、ルシファーに紹介してくれたのが彼だったのだ。
すると、相変わらずぼけっとした面構えのアスタロトが、マイペースな調子で話し出す。
「今の話、オレ、予言した……多分」
「アスタロトが予言したことだったんだ」
予言の天使……未来がわかる能力……。
「それじゃあ、この先何があるか知ってるってことですか?」
ハビエルは手っ取り早い手段に気付き、前のめりになる。アブディエルの画策だけでなく、ルシファー堕天危機の回避の可能性も知ることができるかもしれないと思った。しかし、すぐにベリエルに横槍を入れられる。
「聞こうとしない方がいいよ」
「どうしてですか。俺たちが知りたいことを知ってるんですよね。アスタロト様に聞けば、何をしたらいいかわかるじゃないですか」
「ハビエル。誓約があってそれはできないんだ」
「あ……」
失念していたことに、ハビエルはがっかりする。
ルシファーが事情を説明しようとしたが、ラジエルがわざとらしく咳払いをした。空気を読んだルシファーは役目を彼に譲り、ラジエルは鼻眼鏡をクイッと上げて説明を始める。
「予言能力を持つ天使は、無闇やたらに予言を公言しない。予言を公言して未来に影響が及ばないようにと、誓約が交わされている。破れば極刑の堕天。聞き出すことも、如何なる身分の者でも許されない。もし無理矢理聞き出そうとしたら、その天使も堕天になる。予言を管理するオレも同様の誓約があるから、期待はしないで」
「でも、異質で違和感があるって言ったじゃないですか。それはいいんですか?」
「オレが言ったのはヒントだから。予言内容をそのまま言わなければ問題ない……と思う」
「大丈夫かラジエル。今なら、嘘だと言えば聞いたことは忘れるが」
「いいえ、大丈夫です!ルシファー様の為なので!」
そっくりそのまま言ってはいないので、許される範囲ではある。もしもの時は、秘密兵器セファー・ラジエル(ラジエルの書)を使ってうまく切り抜けられるだろう。そういった技もラジエルは得意だ。
すると、黙っていたアスタロトが小さく手を挙げる。
「……じゃあ、オレからも、少しだけ……」
そう言って、両手を横に縦に動かす。一同はアスタロトの手の動きを凝視するが、次第に眉間に薄っすら皺ができていき、怪訝な顔付きになっていく。
代表して、深い皺を眉間に作ったベリエルが質問する。
「……何やってるんですか?」
「誓約が、あるから」
アスタロトは予言のヒントをジェスチャーで伝えようとしていたようだが、上手く伝わらなかった。流石のルシファーも困惑している。
「……よくわからないから、言葉を使ってくれないか」
「……それは、普通は、いいこと……だと、思う」
「異質で違和感がある未来が、いいこと?」
「悪い結果ではなく良い結果が待っている、ということでしょうか」
アスタロトのヒントからは、異質が悪いこととは限らず、誰も知らない未来だから不安からそう捉えてしまっている、ということも考えられる。違和感という印象も、見慣れていないからそう受け取っているのかもしれない。やはりアブディエルに懐疑的になっているから、悪い方に考えてしまうのだろうか。
真実に一歩近付いたかと思ったが、辿り着くにはまだ程遠い。それでも、小さくても極秘実験の手懸かりを掴めたのは大きな成果だった。




