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オルネフォルの軌跡  作者: はづき愛依
箱の園 Ⅳ
43/106

16




 自然に覆われたマコノムは、常に静かだ。大勢の天使が住んでいる訳でもなく、外から聞こえるのは時たま風に吹かれる草木の音くらいだ。

 静穏な世界で、頭の中で無音のモーターを回し、ルシファーはこれまで集めた情報を整理しながら推測していた。


 アブディエルの実験には、ナハロフト・ベラハを流れる人間の魂から集めた負の感情が使われている。それを先の大命に使用し、人間に悪の恐ろしさを教えた。ハビエルの推測では、人間にそのまま使われたのではということだったが、未だ推測の域を出ない。

 そして、堕天させられず何故か研究施設に連れて行かれたグリゴリ。その目的もやはり定かではないが、研究に貢献させ、罪を善行に還元させるつもりなのだろうか?

 ……いや。神の逆鱗に触れた者たちに、今更そんな償いはさせないだろう。神の愛の為に動くアブディエルは、神を裏切った者を改心させようなんて考えない。

 ならば……実験に強制的に協力させる為か?神への償いをさせるつもりがないのなら、それもあり得るか?堕天ではなく、身体に直接的な懲罰を目的に……。

 実験はそれに見合うもの。堕天よりも、生涯を以て償わせるよりも、大罪人に相応しい罰を与える為に───


「……負の感情を、グリゴリに使った……?」


 考察していると、静穏の世界にドアをノックする音が雑音になって入ってきた。ルシファーの集中も途切れてしまう。


「失礼します。ルシファー様宛に書状が届きました」


 ノックのあとに、外で落ち葉の掃き掃除をしていハビエルが書状を手に入って来た。伝書鳥は連れていない。

 受け取ると、それは赤い紐が巻かれたものだった。ということは、と二人は不安と期待の相反する感情を抱く。

 ルシファーは密書を開く。それには、『実験は継続している。永続されれば、人間の未来に影響を与えるだろう』と書かれていた。やはり無名で送られて来ていた。


「また無名だ」

「筆跡が同じみたいですね」


 人間に影響を与えるって……。

 ハビエルは悪影響を想像して不安になる。しかし自分がいた世界では、気になる事象はあるが、今のところ危機を感じる事件は起きていない。悪い方向に考えてしまうのは、アブディエルに疑念を抱いている所為なのだろうか。


「二枚目がある」


 今回は一枚だけではなかった。もう一枚を読むと、ルシファーの表情が怖くなった。


「……何だと」

「何が書いてあるんですか」

「……『また、多くの天使が堕天しているよう。これまでに類を見ない数の模様』」

「これ、グリゴリのことですかね?」

「だが、実際グリゴリは堕天していなかったのだから、恐らく違うだろう」

「じゃあ別の……また何か、大変な罪を犯した者たちがいたってことでしょうか」

「だが、議会から何の公示もない。公示の基準に例外はない筈だ」


 グリゴリの件は、その罪の大きさから特例で天界全体に知らせた訳ではない。仲間の犯した罪を己のことのように捉えよという意味で、罪の軽重けいちょう関係なく全体に知らせている。


「だとしたら……これが本当なら、一体何を犯して……」

「だが、これだけは言える」

「何ですか?」

「この無名の送り主は、私に議会がやっていることを教えようとしている。そして恐らく、それを暴くことを望んでいる」

「この送り主は、俺たちと同志ということですか」


 ハビエルにとっては、歓迎したいようでしたくない同志。この同志が言っていることが真実ならば、ルシファーは更に突き進む。既に道は一本しか用意されていない。進むべくして辿り着く運命に進んでいる。

 しかし、『助けてくれ』と希望を託された限り希望を捨ててはならない。希望の自分が諦めてはならない。


「本当に同志なのでしょうか。例えばですが、よくないことを考えるアブディエル様の指示で、議会の誰かがルシファー様を嵌めようとしているとは考えられませんか」

「……考えたくはないが、残念ながらあり得る話ではあるな」

「心当たりがあるのなら、ここから先は本当に考え直した方が身の為です。もしルシファー様の身に危険が降りかかろうものなら、戻って来たべリエル様に俺がどやされますし、べリエル様が何をしでかすかわかりませんよ」


 ハビエルは言いながら、べリエルがどんなことをしでかすか想像した。それは怪獣みたいに暴れまわる姿だった。ルシファーも軽く想像したが、同じような光景だった。


「そうだな。べリエルが戻って来た時に私がここにいなければ、議会に乗り込んで行きそうだ。私はまんまと、奴らの手の上で踊らされているのかもしれない」


 ルシファーは、机上の情報をまとめた紙に視線を落とした。


「……だが、今更後戻りはできない。私は議会を正しくしたいのだ」


 ハビエルの思いは未だ届かず、ルシファーの意思は揺るぎない。罪に怯むことなく、天使でなくなる可能性を恐れない。その潔さは、未練など微塵も感じさせなかった。

「正したい」という芯の通った思いだけで罪を覚悟できるその姿勢は、天使の鑑と言っていい。ハビエルも思わず背中を押したくなってしまう。

 ルシファーが諦めなければ歪んだ体制は排除され、元の規律正しい議会に作り直せる。やがて上級天使の意識も改善され、位階同士の蟠りもなくなり、全ての天使が平等に幸福を得られ、在りし日の天界の姿に戻るだろう。

 ルシファーがいれば、希望ある未来が近く訪れるかもしれない。




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