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オルネフォルの軌跡  作者: はづき愛依
箱の園 Ⅳ
42/106

15




 相談が終わったところで、ヨフィエルは研究員から得たある情報を報告する。


「ところで。アブディエル様のお耳に入れておきたいことが」

「何だ」

「ルシファー様の勤仕が、何度かシェハキムで目撃されていたようなのです」

「勤仕が?」


 アブディエルは訝しげにヨフィエルを見た。


「はい。周囲の者に、施設の実験に関して話を聞いて回っていたらしいです。現在は姿を見ないようですが、一時期はほぼ毎日うろついていたと」


 研究施設の職員が人伝に聞いたらしく、ヨフィエルの耳にも入れておくべきだと報告が上がってきたのだ。


「勤仕が一体何を……」

「アブディエル様。もしやとは思いますが、あの実験のことが漏れているのでは」

「それはつまり、誰かが漏洩したと?」

「可能性はそれしかありません。我々の実験を知ったルシファー様が、勤仕に探らせているのかもしれません……どうなさいますか」


 ヨフィエルは対応を聞いた。

 継続されている実験は、以前から人間の感情を研究しているアブディエルが今最も力を入れていることだ。その実態をルシファーが知れば、天使長の権力で凍結させられてしまう恐れがある。そうなれば、実験の再開は暫くは難しい。

 ヨフィエルは、アブディエルは早急の抑え込みをするだろうと考えた。ところがアブディエルは、資料に目を通しながら意外な一言を発する。


「放っておけ」

「ですが」


 実験継続の危機に焦りを見せないアブディエルに、詮索阻止をするべきだとヨフィエルは進言しかけるが、アブディエルの平常心は変わらない。それには理由があった。


「ルシファー様も、ご自身の行動をわかってやっていらっしゃる筈だ。ならばこれは契機となる」

「契機、ですか?」

「どうやら、私の望みが叶いそうだ」


 アブディエルは微笑を見せた。


 時は遡る。それは、アブディエルが議会に入って数年経った頃の話だ。

 その頃は既にルシファーが長年議長を務め続けていて、副議長はおらず、アブディエルは補佐官を務めていた。

 いつかルシファーに次ぐ役職になり右腕として役立とうと、彼の働きを見ながら上に立つ者とは何たるやを日々勉強していた。その頃のアブディエルにとってもルシファーは憧れの存在で、追い付きたくても追い付けない、寧ろ追い付いてはいけないと感じる存在だった。

 ある日、アブディエルはルシファーと二人で話す機会があった。何がきっかけでその場面になったのかアブディエルはよく覚えていないが、きっと職務に関する相談をしていたのだろう。ルシファーは当時から時々周りから相談をされていて、アブディエルもその中の一人だった。

 その会話の中で、ルシファーはアブディエルにこうアドバイスした。


「アブディエルの努力はずっと見ているからわかる。だが、君には君の能力に合った役目があるのではないか?目標に追い付きたいと望むのもいいが、まずは目先の職務をこなすことだ。幸い、今は私の方の手は足りているし、手伝いは必要ない。だから今は、補佐に努めてくれ」


 ルシファーは、「先を急ぐことはない。今は私の補佐に徹し力を身に付け、本当に必要になった時にその力を貸してくれ」という意味で言った。しかしアブディエルは、見下されていると取ってしまった。

 その一つの思い違いがアブディエルを一変させ、それからルシファーを見る目には敬愛と変わって私怨が宿った。そして、いつかルシファーの議長の椅子を奪ってやると野望を抱くようになった。

 やがて副議長に就任し、堂々とルシファーに意見できる立場になってからは遠慮などしなかった。そして近年の衝突から、ルシファーは自ら議長の椅子を退いた。

 アブディエルは、ようやく一つの野望を果たした。しかし実は、もう一つルシファーに対する望みを抱いていた。

 議長を辞したと言っても、絶え間なく集まって来る敬慕や憧憬しょうけいは、天使長という地位までもがなくなったとしても揺るがない。だから、もう一つの願いは流石に叶うことはないだろうと諦めていた。

 しかし、アブディエルの私怨は模索していた。もう一つの願いも昇華させようと、昇華させなければ疼きは収まらないと、手探りでその運命を探り当てようとしていた。

 やがて運命的に、悪戯に、二つ目の願いを叶える好機に迎えられることを、楽しみに待っていた。




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