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オルネフォルの軌跡  作者: はづき愛依
箱の園 Ⅳ
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11




 多くの木々が生い茂り、太陽の光が乏しいマコノムの秘境。樹齢数百年の大木や、湿った大地や岩が苔むす森は、動物以外は誰も好んで足を踏み入れない未踏に近い場所だ。

 そんな森を、外衣を纏ったベリエルは歩いていた。ルシファーの別邸を出て何処へ行こうかと悩んだ末、同じマコノムから出る気はしなかった。別に行きたい所はないし、無駄に歩き回りたくなかった。だから一人になれる場所を探して彷徨い、この湿地に辿り着いた。普段とは違う環境だけれど、どこか落ち着けるような気がした。程よくこぼれる日の光が、ベリエルには丁度よく感じる。

 誰とも擦れ違わないなら適当に散策しようと、ベリエルは苔が生える石段を登ろうとした。しかし、滑ることを知らず慎重を欠いた所為で、足を滑らせて転びそうになる。


「危ない!」


 そこへ偶然通りかかった誰かが、咄嗟にベリエルの腕を掴んでくれた。ベリエルの肝がひやっとする。

 怪我をしそうだったところを助けてもらったベリエルだが、自分以外にもいたことにがっかりした。こんな辺境に来るなんてどんな物好きだと思い、掴まれた手を見ると、自分の手よりも小さく幼く見えた。力強さなんてなさそうな、未成熟の子供みたいな手だった。


「あ、ありがとう」

「どう致しまして」


 声も幼かった。身長も低い。人間で言うなら、中学一年生くらいだ。

 助けてくれた天使は、被っていたフードを取った。恩人の顔が見えた途端、ベリエルの表情は驚きに変わる。


「マムエル!」

「久し振りだね。ベリエル」


 少年の容貌をした彼は、少年のように笑いかけた。

 マムエルはベリエルと同じ位階の力天使で、たった一人の友達だ。ベリエルがルシファーの勤仕になるまで、仲間からイジメられ浮いた存在だった彼の味方で居続けてくれた、唯一の存在だった。暫くは手紙のやり取りをしていたが、疎遠になってしまっていた。

 思わぬ場所で久し振りの再開を果たした二人は、近くの小川の畔で腰かけた。


「元気そうだね」

「うん。マムエルも」

「ルシファー様の勤仕になったんだよね。お仕事はどう?結構大変じゃない?」

「もう慣れたよ。何年務めてると思ってるのさ」

「あはっ。そうだよね。でも何でこんな所にいるの?お仕事は?」

「君こそ、こんな所で何してるの」


 ベリエルははぐらかすように質問を返した。


「おれは植物採取。変わった植物を見つけたら、このケースに入れて持って帰るんだ」


 マムエルは虫かごくらいの透明なケースと巾着の二つを左右に提げていて、透明なケースの方を見せてくれた。中は幾つかの部屋に分かれていて、うち一部屋に植物が入っていた。ベリエルにはただの草にしか見えない。


「この森って、結構奥まった場所にあるでしょ。しかも他の場所と違って日光が少なくて、生育環境が特殊で生きられる植物が限定的なんだ。だから、太陽の下で日を浴びて育つ植物と違うものがあるんじゃないかと……」

「待って待って」


 少年のような容貌で少年のように好奇心を覗かせながらしゃべるマムエルだったが、ベリエルは話を遮った。


「そうじゃなくて。こんな所にマムエルが好きそうなものなんてないでしょ?それとも、植物採取が趣味になったの?」

「違うよ。おれはいつだって、キラキラした金や宝石が大好きだよ。いつかシェハキムの鉱山にも登って、あの幻と言われてる希少な宝石を見つけるんだぁ」


 夢を語るマムエルは、大好きなキラキラと同じくらい目を輝かせる。


「まだそんなこと言ってるの?あそこは一般は立ち入り禁止だから、無理だって言ってるじゃない」

「それに、今日この森に来たのもキラキラを探すついでなんだ」

「ついで?」

「おれ今、ラキアの植物研究所のお手伝いをしてるんだ」


 もともと宝石などキラキラしたものに鼻が効きやすいマムエルは、暇な時間があれば色んな山に入ってはお気に入りのキラキラを探し歩いている。その噂を聞きつけた第ニ天ラキアの植物研究所の研究員に、植物採取の手伝いを頼み込まれたらしい。


「そう言えばあそこ、地味な職務の所為で人気がなくて、万年人手不足なんでしょ。適当でいいから人材がほしかったんだね」

「おれも地味なのが嫌で最初は断ったんだけど、調査の名目なら普通だったら行けない場所に行ける許可が出せるって言われてさ。それで、もしかしたらまだおれが見たことないキラキラが手に入るかもしれないって思ったんだ」

「それで安請け合いしたんだ?」


 研究所は、あらゆる植物の成育環境や遺伝子を研究している他に、種を交配しては新種を生み出している。研究所は、調査の範囲が広がれば研究の幅も広がる。マムエルは、大好きなキラキラのコレクションを増やせる。お互いにWin-Winの交渉だった言うことだ。


「聞いたことあるけど、確かシェハキムの庭園に、研究して生まれた花とかが植栽されてるんでしょ?あの景観の一部を作るって凄いと思うのに、誰も興味を示さない悲しい施設なんだね」

「と言うか、殆ど知られてないのかもねー」


 マムエルは、さらっと純粋に思ったことを口にする。心まで少年のようだ。どうかその純粋さを、研究員たちの前では見せないであげてほしい。


「植物のことは全然わからなかったけど、手伝ってたら段々詳しくなってきちゃった。今は何処に何が生えてるとか、大体わかるよ。植物にはそれぞれ個性があって、適性した場所じゃないと生きられないとかね」


 マムエルは生き生きと楽しそうに話す。機会を用意すれば、画用紙と絵の具で作った自由研究の発表をしてくれそうだ。興味を抱くのは植物研究所の職員だけだろうけれど。

 友達の様子を見て、そう言えば食わず嫌いがあまりなくて割と何でも吸収するタイプだったな、とベリエルは思い出した。


「で。ベリエルは何してたの?お仕事はお休みなの?」

「……まぁ、そんなところ」


 ベリエルが視線を下げると、マムエルは表情の変化を見逃さなかった。


「どうしたの?何かあった?ルシファー様の勤仕、やっぱ辛いの?大丈夫?無理しなくていいんだよ?おれが話聞くよ?」


 ベリエルがちらりと覗かせた表情を見つけると、昔の彼を思い出したのかマムエルは急に心配し出した。本当に心から憂慮している面持ちで、友達の顔を覗き込む。

 あの時もそうだった。懐かしく、厭わしく、無色透明にしたいあの頃も。

 友達がとても心配してくれるので、ベリエルは向けられる心に寄りかかるように話し始めた。




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