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オルネフォルの軌跡  作者: はづき愛依
箱の園 Ⅳ
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8




「まさか、アザエルがまだ捕まっていなかったなんて。しかもグリゴリも……議会は虚偽の情報を流したということなんでしょうか」


 ハビエルの問いに、ルシファーは腕を組み思案する。


「ベレティエルが言っていた、更生施設に来る筈だった一部のグリゴリの刑の直前の変更。刑が執行された筈が、シェハキムに連行されていたグリゴリ……」

「どういう理由でシェハキムなんかに……ルシファー様。これはやはり、」


 アブディエルの実験と関係があるのかと口にしようとして、急ブレーキを踏んだ。議会の実験どころか大命のことさえ知らないベレティエルに、わざわざ教えてしまうところだった。

 しかしベレティエルは語尾で感付いて、ハビエルとルシファーを見る。


「何かご存知なのですか?グリゴリが何故シェハキムに連行されたのか。もしかして、刑が変更された理由も」


 ハビエルはルシファーと視線を合わせ、目で申し訳ございませんと謝った。新人勤仕がやらかしたミスにルシファーは若干「やったな」という目をする。


「ご存知なのですね」


 ベレティエルの問い質しに、ルシファーは目を閉じて瞬時に対処を考えた。


「グリゴリの件は私たちも驚いた。それ以外のことについても、一切話せることはない」


 ベレティエルは僅かながら議会に疑念を持ち始めているが、自分たちが持つ情報を開示するまでには至らないと判断した。しかしベレティエルは更に問い質す。


「それは、本当に何も知らないという意味でしょうか。それとも、部外者だから話すことはないという意味でしょうか」

「部外者だからということではなく、私たちはまだ何も知らない。もしかしたら、君も私たちも知らない方がいいことなのかもしれない」

「知らない方がいいとは、逆を言えば、知らなければならないことかもしれないということではないでしょうか。私は、グリゴリの刑罰の変更理由を知りたい。アザエルが見たことの真実を。議会がグリゴリの刑を執行したと嘘を吐いた真相を」


 情報の共有を求めるベレティエルの真剣な声に、ルシファーは沈黙する。

 話せば、ベレティエルは協力すると言うのだろう。だから、ハビエルは話すべきではないと思っている。もしかしたらこれは堕天への階段であり、もしベレティエルがこちら側に加われば彼も堕天してしまうかもしれない。これで堕天するとはっきりと言える訳ではないが、ルシファーの堕天を阻止しなければならないハビエルとしては、いざという時に説得できる許容人数で留めておきたかった。

 するとベレティエルは、こんなことを話し始めた。


「ルシファー様。私たち能天使が、上級天使から何と言われているがご存知ですか。“無能”です。能天使は、神は自分たちを最初に作り、故に一番愛されていると思い込み、率先して堕天使攻略にあたり他の位階よりも神にアピールしています。しかしその裏では、堕天使に誘惑されて堕ちている者が多くいる。だから、仕事ができない空回り集団だと見られているんです」


 ルシファーは言ったことはないが、アブディエルたちが密かに見下して言っているのは聞いたことがあった。

 それは、神の下で仕えられる別格の存在であるという自覚、そこから生まれる優越感が中級・下級天使を見下すようになっていた。中でも熾天使の他位階への侮蔑が甚だしく、同じ上級の智天使や座天使のことは見下してはいないが、使える手足と思っているのは否めないだろう。


「私たちは、懸命に職務をこなしているつもりです。確かに堕天してしまった仲間はいますが、忠実に職務に取り組む同胞の方が多くおります。ところが堕天の事実にばかり目がいき、同胞たちの働きは注目されていない。私たちは義務を果たしています。神の期待に応えようと、今も仲間が奔走しています。その本来の働きを見ずに見下すなど、愚視されているようで解せません!」


 ベレティエルは顔を顰め、自分が見てきた仲間の努力を無駄にすまいと拳を作る。その瞳には熾天使に対する恨み、アブディエルに抱く不信感が燃えていた。

 天界に密かに存在する、下級天使に対する侮蔑・下僕意識と、上級天使に向けられる遺恨・嫉視。今に始まったことではないが、問題視されてもこなかった。ルシファーが議長だった時に議題に挙げようとしたことがあるが、幾度もアブディエルに“些細なこと”と却下され議論されることはとうとうなかった。


「私も陰では、同じことを言っているかもしれないぞ」

「ルシファー様はそんな方ではないと、皆が知っております」


 ルシファーは沈黙する。今度は少し長かった。ハビエルとベレティエルは、それぞれ別の心持ちでルシファーの発言を待った。


「……ベレティエル。君の好きにするといい。だが、本来の職務を怠ってはならない」


 熟考したルシファーはベレティエルの気持ちを尊重するかたちを取り、彼に抱懐と現状を話した。

 ハビエルは、ベレティエルが同志になるのを勤仕としてただ見守るだけだった。ベリエルには串刺しにされそうだと思いながら。




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