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ある日。来客を知らせるベルが鳴り、ハビエルは訪問者を出迎えた。
「はい。どちら様でしょうか」
扉を開けると、険しい顔付きをした威圧感のありそうな人物が立っていた。高校の生活指導の教諭を一瞬にして思い出したハビエルは、特に嫌な思い出はないのにちょっと怯んだ。
自分の目線にある肩の辺りに注目すると、何かを背負っている。随分大きな荷物だと思ったが、よくよく見るとそれは布を被った天使だった。
「突然の訪問、申し訳ございません。面会の約束はしていないのですが、ルシファー様にお目通りできますでしょうか」
声には重厚感があるが、温柔敦厚が窺える口調にハビエルは少し安心する。
「お名前は」
「ベレティエルと申します」
ハビエルは一度ルシファーに確認を取り、ベレティエルを応接室へ通した。座る姿勢は背中に板でも入っているみたいに真っ直ぐで、武士のようだ。
背負われていたもう一人は怪我をしていたので、ハビエルが手当てをし、客室のベッドに寝かせた。何故、怪我人を連れていたのか事情を聞くと、別邸に来る途中、茂みの中で倒れていたのを発見し、面識はないが放っておけなかったので連れて来てしまったと話した。
「不躾に事前の約束もなしに来てしまい、大変申し訳ございません。お目通りを許して頂き感謝致します」
「そんなに畏まらないでくれ。私はもうただの一天使だ」
ルシファーはハーブティーを勧め、ベレティエルは一口飲んだ。静かに息を一つ吐いたところを見ると、見た目ではわからなかったがだいぶ緊張していたようだ。
「名はベレティエルと言ったか」
「はい。位階は能天使。第二層ラキアの更生施設の監督を務めております」
ラキアの更生施設とは、堕天を免れ、第五層マティの牢獄で刑期を終えた天使が社会復帰をする前に、天界の基本理念や掟を改めて学習する場所である。
「折り入って話したいこととは。書状には書けないことなのか?」
「書状を送ることも考えましたが、万が一を懸念して、直接お会いしてお話しした方がいいと判断致しました」
ベレティエルは、書状を運んでいる最中の伝書鳥が事故にでも遭って、内容がとんでもない所の耳に入る心配をしたらしい。
「表立つことを避けるべきだと考えたのだな」
「はい。実は、不可解なことがありまして」
ベレティエルは一息置き、ルシファーに話し出す。
「かなり前の話なのですが。施設に、例外で減刑されたグリゴリの数人がマティから送られて来る予定でした。ですが、待てども待てども言っていたグリゴリは来ず。マティの責任者に問い合わせましたが、どうやら刑罰に変更があったようで。通達も急だったと」
「マティの責任者は、サンダルフォンだったか。裁判所からの再審通達は事前にあるものだが、サンダルフォンにすらいっていなかったと言うのか」
「そうなのです。しかも通達は、議会からだと伺っています」
「議会から?」
ルシファーは僅かに眉根を寄せる。
普通、刑の変更の可能性がある場合は、再審が行われる前に牢獄の責任者にも通達がいくようになっている。再審は、受刑者側(本人や関係者)から証拠付きの控訴があった場合にのみ行われる。その際は受刑者不在で再審が行われ、結果に問わず裁判所から再び牢獄の責任者に通達される。しかしグリゴリの件は、正式な手順ではなかったと言うのだ。
「その時に施設にも通達される筈だと言われたのですが、未だに一切何もありません。なので、これは一体どういうことなのかと。ただの連絡の行き違いであると思うのですが。議会におられたルシファー様なら事情をご存知かと思い、お話を伺えればと」
「すまないが、私は何も……」
流石に、辞めたルシファーが預かり知るところではなかった。
しかし、裁判所は議会が擁する機関であるが、通常なら議会が関与することは絶対にない。だから、裁判所の責任者のザフキエルがいるとは言え、再審の結果が議会から通達されるのは少々おかしい。
議会が絡んでいると聞いたルシファーは、疑いを向けざるを得なくなる。
「万が一を懸念してと言っていたな。それは、議会が絡んでいるからか?」
「はい。罪人に関係する大事な連絡をし忘れるなど、そんなことがあるのかと。天界の最高機関に疑念を抱くのも畏れ多いですし、変更の件を不用意に裁判所に問い合わせるのも躊躇いました。これも例外だと言うのであれば、一応納得はするのですが」
ベレティエルは疑念をぶつけたかったが、“注意”を受けてしまうのではないかと恐れた。疑念が議会に伝わってはいけないと周囲にも胸中を漏らせず、誰にも言えないまま疑心を抱き続けていた。
「それを何故私に?」
「議会をお辞めになってからは、相談事を受けていらっしゃると伺いましたので。私の部下も送ったと申しておりました。ならば私もと思いまして」
時間潰しのつもりがこんな話も舞い込むとは。ルシファーは、幅広い相談が持ち込まれるようになったなと思う。
ベレティエルの話を聞き、以前ザフキエルが「アブディエルを信用しない方がいい」と言っていたことからこっち寄りなのかと思っていたが、議会を離れる気はないのだろうかと考え直した。議会内部に味方がほしいところだが、過度な期待はしておかない方がよさそうだ。




