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オルネフォルの軌跡  作者: はづき愛依
箱の園 Ⅳ
31/106

4




 会議が終わったヨフィエルは、シェハキムの研究施設に足を運んでいた。先の実験は試行錯誤の末に成功したので、現在は()()を高めるべく継続していた。

 白衣を着てガラス越しに立ち、手元の前回までのデータと比較しながら、実験室内の研究員たちに指示を出していた。そこへ、一人の部下がやって来て報告する。


「訪問者?」

「はい。中に入れてほしいとしつこいらしく」

「守衛はいる筈ですが」

「繰り返し断っているらしいのですが、なかなか帰らないようで。判断ができないなら、責任者のヨフィエル様を呼んで来いとも言っているらしいです」

「面倒臭いですね。何の為の守衛なんですか。自分の職務くらいこなせないんですかね全く」


 ぶつぶつと文句を言いながら、実験は研究員に任せヨフィエルは実験棟を出た。

 実験棟は敷地の一番奥にある為、真反対の門までは結構な距離がある。ヨフィエルは徒歩で移動する道中、ぶつぶつ独り言を言いながら歩く上司に職員たちが浴びせる視線に気付くことなく、敷地内を縦断した。

 門に到着すると、敷地外で守衛と面倒臭い訪問者がまだ言い合っていた。


「何をしているんです。関係者以外は追い払えと言っているでしょう」

「あ。来た来た。ヨフィエル!」


 二人の守衛の間から、全身真っ赤の訪問者ミカエルが顔を覗かせ、ヨフィエルに向かって手を挙げた。


「ミ…ミカエル様!?」


 一瞬驚いたヨフィエルだが、勝手にライバル視をしている相手の訪問にすぐ眉根を寄せた。

 守衛のおかげでミカエルはまだ門の外だ。特別顧問だからと絶対に贔屓をしないヨフィエルは、門の格子越しにミカエルと対面する。


「面ど……ん゛ん゛っ。突然の訪問者とは、ミカエル様のことでしたか」

「今、面倒臭いって言いかけなかったか」

「気のせいです。こんな所で何をしていらっしゃるんですか」

「ちょっと暇だったから、散歩がてら来てみた」


 会議が終わってから時間ができたので、第六層からわざわざ第三層のここまで散歩に来たと言う。名物の庭園を歩くのは飽きてしまい、適当に足を伸ばしたら偶然施設に辿り着いた。特別顧問なのでもしかしたらアポなしでも入れるかなと、軽い気持ちで来たらしい。

 散歩ついでに来るような所ではないのに、その言い種が気に入らなかったヨフィエルの眉間に一本深い皺が生まれた。


「ご存知かと思いますが、ここは関係者以外立ち入り禁止です」

「そのくらい知ってる」

「なら、お引き取り下さい」

「何でだよ。オレも議員の一人だぞ」

「申し訳ありませんが、議員でも入れるなとアブディエル様に言われていますので」

「仲間に入れてくれないのかよ」


 何でだと問うミカエルに、議長のご意向だとしか言いようがありませんと、不機嫌さを必死に隠しながらお役所対応でヨフィエルは答えた。ミカエルは半ば呆れたような表情になる。


「ヨフィエルはアブディエルに従順だな」

「議長なのですから当然です」

「まぁそうだけど。で。今は何やってるんだ。アブディエルは来てるのか?」

「何故知りたいのですか?」

「それは当たり前だろ。何をしてるのか知らなければ、相談されてもアドバイスできないじゃないか。それじゃあ特別顧問の意味がない」

「貴方に明かさないということは、アブディエル様は実験に関しては相談をする気がないということでは?とにかく、入れることはできません。お帰り下さい」


 身分が上の自分に対する冷遇に、ミカエルは不満を顔に表す。

 悔しくなって、施設内を覗いてやろうと身体を動かす。ヨフィエルはそれを阻止しようと、同じ方向に身体を動かす。ミカエルが反対に身体を移動すると、ヨフィエルも動いて邪魔をする。両者の左右下上のその繰り返しの動作が、対面式チ○ーチ○ート○インみたいになる。

 それを三周して、ミカエルは覗くのを諦めた。


「じゃあ、質問くらいいいだろ?そのくらいの権利はあるし、お前にも答える義務がある」

「……わかりました。答えられる範囲なら」


 ヨフィエルは、対応をしなければまた無駄な動きをさせられそうだと思ったので、面倒臭いと少しだけ表情に滲ませつつ応じることにした。


「今は何の実験をしてるんだ?」

「それには答えられません」

「しょっぱなからNGかよ!それくらい答えられるだろ」

「無理です。内容は極秘ですので」


 出だしから心が折れかけたミカエルだが、何とか特別顧問の肩書きを守ろうと、少し角度を変えて質問し直す。


「……アブディエルが一枚噛んでるんだろ。あいつの研究の一貫か?」

「アブディエル様の研究題材はご存知で?」

「ああ。今は、ナハロフト・ベラハを流れる人間の魂から負の感情を少しずつ抜き取って、負の感情が生まれる原理とかを研究してるんだろ?その集めたやつを実験に使ってるのか?」

「……ええ。まぁ」


 このくらいは大丈夫だろうと、ヨフィエルは曖昧に答えた。


「実験はどうやって行われてるんだ?」

「ノーコメントです」

「負の感情の管理はどうしてる?」

「ノーコメントです」

「実験結果は出てるのか?」

「ノーコメントです」

「その実験は何かに役立てられてるのか?」

「ノーコメントです」


 不祥事を起こしてマスコミから追われる会社の重役のごとくかわすヨフィエル。

 ミカエルは腰に手を当て、鼻から息を漏らす。


「何だよ。結局何も答えてくれないじゃないか」

「ミカエル様が、私が答えられる質問をしないからです」


 アブディエルに従順なヨフィエルの口は固い。呪文でも唱えなければ開かなそうだ。

 そこでミカエルは、ちょっと汚い手を使ってみる。


「ヨフィエル。今は七大天使の肩書きはないが、オレ個人の権力ちからは健在なんだぞ」

「だから何です」

「然るべき機関を動かして、報告させることも可能だ。オレという存在を蔑ろにしたことも“文句”を言えるが?」

「圧力ですか……」


 ヨフィエルが怯む姿を想像したミカエルだったが。


「そんなものは無駄です。貴方一人分相当の権力は、こちらにもあります。蔑ろにしているつもりもなく、貴方には貴方の役割がある。貴方を呼んだのはアブディエル様です。貴方を関わらせるか蚊帳の外にするかは、アブディエル様が決めること。故に、ここに立ち入ることを決めるのは貴方でも私でもなく、アブディエル様です」


 ヨフィエルのプライドの前に、ミカエルの圧力はボールの壁当て程度だった。芯が通った声と淀みなく見える真っ直ぐな瞳で正当を言われ、用意していた二の句は引っ込んでしまった。慣れないことはするもんじゃないと反省する。


「もう宜しいですか。戻らなければ」

「じゃあ最後に、もう一つだけいいか。その実験は、先の大命と関係はあるのか?」

「ありません」


 ヨフィエルは答えるまでに一秒の間もなく、迷うことなくスパっと断言した。


「それでは失礼致します」


 形だけの会釈をしてヨフィエルは背中を向けた。次はせめて中を案内してくれよというミカエルの要望にも振り向かず、白衣を靡かせて建物の中に消えて行った。

 質問を全てかわされたミカエルも、諦めて施設前から去ることにした。


「ノーコメントって便利な言葉だな」


 でもあれじゃあ、やましいことをしてますって肯定してるようなものじゃないか。


「さて。()()役立てられているのやら」




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