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ルシファーは、今日も今日とてアドバイスの返事に勤しむ。もう何通返信したことだろう。アドバイスの礼状も返って来たりしているので、一日に十通弱のやり取りをしている。内容は職務に関してだけではなく、他の位階との付き合い方に関しての相談もあり、どちらかを贔屓する内容にならないよう言葉のチョイスに気を付けながら書き綴っている。
ハビエルは、ベリエルの代わりにハーブティーを淹れて出した。
「……あの、ルシファー様。聞いてもいいですか」
「何だい?」
「ベリエル様は、ルシファー様に全く敬語を使いませんよね。接する態度も敬意を感じられません」
「それは私が許しているからな」
「どうしてなんですか?最初からずっと気になっていて」
「そうだな。気にならずにはいられないか」
ハビエルの疑問にルシファーは納得して微笑した。
「ベリエルが特別という訳でもないのだが。どう説明するべきか……うん。言ってみれば、親近感だろうか」
「親近感?」
似ても似つかない二人なのに親近感なんてと、ハビエルはピンとこなかった。
ルシファーはペンを走らせながら、現在の関係性の元となった出来事を話し始めた。
「ベリエルとは何年も前に会った。裁判所から出て来たところに出会したんだ。その頃には既に、彼に関する根も葉もない噂が立っていた」
「噂……」
「ハビエルも、一度は聞いたことがあるだろう?彼の中性的な見目から生まれた、酷い噂だ」
仕事を得る為に上級天使を誘惑しているだとか、位を上げることを虎視眈々と狙っていて上級の天使に取り入っているなど、名誉毀損にあたるような出所が不明の噂が幾つか歩き回っている。ハビエルも記憶上では知っていた。
「あの時も、誰かに名誉を傷付けられていざこざに発展してしまったらしい。注意を受けたと、後に本人から聞いた。その時は特に会話はなかったが、私はベリエルに危なっかしさを感じていて気になっていたんだ」
「そんなベリエル様が、どうしてルシファー様の勤仕に?」
ルシファーは一通書き終えると、丸めて紐で縛り、ハビエルに渡した。
「私がベリエルを勤仕にしたのは、それから暫く経った時だった。また裁判所の前で会ったんだ。その時のベリエルの顔や身体には傷があった。話をするつもりはなかったのだが、その姿を見た途端思わず引き止めて、気付いたら勤仕ならないかと誘っていた」
「……あの。裁判所に行っていたということは、呼ばれて行ったってことですよね」
つまり、ルシファーも言っていたように、ベリエルは他の天使と繰り返し問題を起こして、責任の所在を問う為に呼び出しを受けていた。一体どんな問題に発展していたのかは、聞かずとも想像できる。そんな同胞といざこざを起こすような者を何故採用したのかと、ハビエルは聞きたかった。
ルシファーはその意図を汲んで答える。
「だが、ベリエルが一方的に責任を背負うことではない。問題を起こす原因は、確実に他にあった。何故そんな噂が立ち始めたのか、真実はどこにあるのか。それが不透明なのにも関わらず決め付ける者は大勢いたが、私は私の信じるものを信じた」
大勢の声の中に掻き消された本人の声を聞いた訳ではない。ルシファーは、ベリエルにシンパシーのようなものを感じた。
ベリエルは、噂のおかげで周囲から孤立していた。そしてルシファーもまた、敬愛を注がれる身でありながらも、真に心を許せる相手はいなかった。
つまり「孤独感」が二人を繋いだのだ。
住まいを共にし始めると、同種だと感じるベリエルの前でルシファーは素を出し、今よりも尖っていたベリエルは天の邪鬼を住まわせながらもルシファーに心を許していった。やがて、上下関係を取り払った付き合いをしたいと思ったルシファーから敬語は使わなくていいと言い、それが現在の関係性の始まりとなった。
「最初に特別ではないと言ったことを訂正しよう。だが、特別の種類が違うかもしれない。贔屓の類いではなく、唯一の存在と言った方が正確だろうか」
ベリエルもルシファーと同様に感じているかはわからないが、少なくともルシファーは現在のベリエルとの関係性は心地よく感じている。大事な相棒であり、時には叱ってくれ助けてくれる心を許せる存在。それが、ルシファーにとってのベリエルだった。
「納得がいきました。話して頂いてありがとうございます」
ハビエルは渡された書状を待機していた伝書鳥に括り付けて、窓から飛ばした。
ふと、勤仕になった日にベリエルが言っていた言葉を思い出す。
「だからボクは、あの方が好きだ」
もしかして……。
あの時はベリエルの目は敬愛の眼差しに見えたが、今思い返すと違う色の感情が混じっていたような気がする。もしかしたらその感情が、急に休暇を取った理由に繋がっているのではと思案した。
しかし、それはルシファーには言わないことにした。何気ない想像だし、こんなことをルシファーに言ったら、戻って来たベリエルに小言を言われてしまいそうだと思った。
きっとベリエルにとっても、ルシファーは唯一の存在なのだろう。そう理解して、そっと心にしまった。