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本当は死んでないのか?……もしかすると、あのニュースは夢の中で見たものだけど、リアルすぎて現実と混同してるのか?それともニュースは誤報で、知らないうちに情報が修正されたのか?
中国人が日本人に間違えられたとか、数日経つ間にそういうこともあったのかもしれないと考える。とすると。
「そうだ。電話」
生存している可能性が見えると、恐らくまだ海外にいる真人に逸る気持ちで電話をかける。
ところが。
「この番号は、現在使われておりません。番号をお確めの上───」
悠仁の希望を打ち消す機械的なアナウンスが流れた。もう一度かけ直したが、全くブレない音声が流れるだけだった。
ならばとメールを送ってみる。しかしこれも、アドレスが存在していないらしく撥ね返されてしまった。
「電話もメールも通じない……」
生存を確認したいのに、連絡手段が遮断されてしまった。錯綜する情報が、悠仁に焦燥と不安を煽る。
何とか確信を得たい思いの悠仁は最後に、真人を知っている大学の友達に連絡を取れないか聞くことにした。ところが、その友達にまで全く記憶にないと返答された。
「ふざけてるのか?俺が居候させてもらってる真人さんだよ。サークル入って初めての食事会で紹介されて、何度か会ってるだろ」
「ふざけてるのはお前の方だろ。お前ずっと一人暮らしじゃん。急に何。どうしちゃったの。てゆーか、怖いわ」
友達は本当に知らない口振りで、ただ変なやつの印象を与えただけだった。
やっぱり、何かおかしい。
一週間前とは違うニュース。実家に連絡しても知らないと言われ、面識がある筈の友達にも知らないと言われた。
「……もしかして、俺しか真人さんを覚えてない……?」
いや。そんなバかなことが……。
更に混乱する悠仁は、突拍子もないことに考えが至る。
て言うか。俺が一緒にいたのは、本当に「黄木真人」だったのか?
自分が知っている「黄木真人」と周りが知っている「黄木真人」は違う人物なのかと考える。しかし、外見も名前も同時に記憶している友達が全く知らないのはあり得ない。質の悪い悪戯でなければ、そこに記憶のズレは生じない筈だった。
悠仁は改めて部屋を見回した。クローゼットに目がいき、ざわつく心を抑えながら二つの観音扉を開けた。
ダークトーンの洋服が三~四着とバッグが一つあるが、悠仁が想像していたカメラや取材ファイルは一切なく、空間が有り余っていた。
きれいに整理された部屋。周囲の人の記憶から消えた真人の存在。
まるで真人がいた証明が、悠仁以外から消されているかのようだ。
自分だけが別の世界にいるような不安感が、湯水のごとく湧き出てくる。
真人が生きていることを信じたい。自分の記憶の中にいる人物が、真人である証明がほしい。
ふと、机のノートパソコンが悠仁の目に入った。リビングで使っているのを一度だけ見たことがある、真人のPC。
手懸かりが一切ない現状で頼れそうなのは、これしかない。この中に真人の存在を証明する何かがあると信じ、躊躇いながら閉じられた禁断の扉を開いた。
電源が入ると、パスワード入力を求められる。
「パスワード……」
生年月日。電話番号。出身地……。
悠仁は記憶を辿って、真人に関する情報を試した。しかし思い付く限り試したが、どれも違うと弾かれてしまう。
「もう思い当たるものがないなぁ。真人さんに関係するものじゃないのか。だとしたら……」
俺に関係することなんて、パスワードにしてないと思うけど……。
けれど他に思い当たるものがないので、ダメ元で自分の生年月日を入力してenterキーを押した。すると、ようこそと迎えてくれた。
「マジで?いった」
まさか自分の個人情報がパスワードに設定されていたとは意外で疑問だったが、開いたので取り敢えず一旦スルーした。
仕事で使っているんだと思っていたが、ホーム画面は買ったばかりのようにすっきりしている。またきれいな状態だ。ただ、二つだけ真人が作ったファイルがあった。一つにはよくわからないメモが書いてあるだけで、もう一つに至ってはロックがかかった圧縮ファイルになっていて開けることもできない。
「なんにも残ってないや」
まるで、生前整理したみたいだ。
悠仁は、半ば諦めの溜め息を短く吐いた。
電源を落とそうとボタンを触ろうとした時、画面の右下にぽつんとあるテキストファイルを見つけた。一応見ておこうと、クリックしてファイルを開く。
「……何だこれ」
短い一文が目に飛び込んで来た。
『僕を助けてくれ』
たった七文字だが、その文言は非常にシンプルでわかりやすかった。
「助けてくれって……」
何で?何から?どういうことだよ。何があったんだよ真人さん!?
一文の下には、場所と時間が書かれている。もしかして真人は生きているんだろうかと、悠仁の心に希望と喜びが芽生える。
真人さんに会えるかもしれない。