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オルネフォルの軌跡  作者: はづき愛依
箱の園 Ⅲ
25/106

10




「───私が、議会を辞めなければよかったのだろうか」


 ルシファーの口から、ふとした言葉が溢れた。


「ルシファー」

「あのまま議長を続けていればアブディエルは実験をせず、物質界もこんなことにならなかったかもしれない」

「それは……」


 べリエルはルシファーには責任はないと言いたかったが、あとに続く言葉が何も出てこなかった。


「以前からアブディエルの行動が怪しいと思っていたし、目を離してはいけないのではないかと思っていた。だが、反りが合わないというくだらない理由で議会を辞めてしまった。そのくらい我慢ができた筈だ。思い止まればよかったんだ。あのまま議長を続けていれば、こんなやり方を許していなかった。止められた筈だ」


 ハビエルも何も言葉をかけなかった。心の中で、その通りではないかと思った。

 統御議会は、ルシファーという存在が規律を正し、“正しい機関”という枠を保っていた。しかし、抜ける筈のない柱がなくなってしまったことで保たれていた枠は歪み、新たな柱が支え始めたものの、枠は歪んだままの形で固定されてしまった。その歪みの元、アブディエルへの疑念を放置したことは、確実に現況に影響している。

 そして、議長辞任の選択がルシファーの運命の一つ目の分岐点だったのだろうかと、ハビエルは案じた。


「……そう思うなら、どうにかしようよ。アブディエル様のやり方は間違っていることを証明して、議会を外側から変えようよ」

「いや。それはもうやめておいた方が……」


 ベリエルが落ち込むルシファーを発奮させようとするが、ハビエルはルシファーの堕天を回避する観点から反対する。

 するとベリエルはぐっと眉頭を寄せ、ハビエルを睨み付けるように見る。


「何を言ってるの。君も、こんなやり方は間違ってるって言ったじゃない」


 しかし、ここは譲れないハビエルも強く出る。


「言いましたけど。調査が進んでないのに、これが本当にアブディエル様の実験の結果だなんて断言できないじゃないですか」

「もっと調べればわかる。そのうち絶対に、アブディエル様の実験が及ぼした結果だって証明できる!」

「冷静になってみて下さい。これまで調べてきて、僅かでも手懸かりを得たことはありましたか?誰一人、知らなかったじゃないですか。俺たちの味方は現状いないんですよ」

「注意しろって書状を送って来た奴がいるじゃない」

「でも、正体がわからないですよね。ベリエル様も、最初は暇潰しで送って来たんだって言ってたじゃないですか」

「だって、ルシファーが調べるって言うから」


 ベリエルは責任転嫁をするように、横目でルシファーを見た。ルシファーは二人の対立を静かに見ている。

 ハビエルはルシファーに向き直る。そして、位階も、身分も、天使であることも忘れて進言する。


「ルシファー様。逆らうご無礼をお許し下さい。俺たちがやっていることは、何の根拠もありません。間違えれば議会から敵視される可能性もあります。それだけはあってはなりません。貴方は、正しい存在でいなければならないのです」

「……私の意志は、何があっても規律を守れと言うのか。同胞が間違いを犯してしまっていたとしても」

「気持ちはお察しします。ですが、貴方は天界ここにいなければならない。いてほしいんです。それだけなんです」


 ハビエルの表情に、切なる思いが滲む。

 彼に「助けてほしい」と望みを託された。それが堕天から救うことなら、何もせずにただ従うことはできない。何もしなかったら、ここにいる意味がない。

 託されたのなら、意思を屈してはならない。貫かなければならない。ハビエルがここにいる理由は、ルシファーと共にあるのだから。


「お願いしますルシファー様。詮索することを考え直して下さい」


 ハビエルは頭を下げた。誰かに頭を下げるなんて、人生で初めてだ。しかしこれは、屈辱的な行為なんかではない。自分の言葉が本気だと証明する為の行為だ。

 座っていたルシファーは席を立ち、ハビエルに近付いた。

 他人の気持ちを量れないルシファーではない。自分の為に何をしたらいいのかわからないと言っていた彼が、頭を下げるくらい自分のことを考えてくれていることを、心から感謝している。信頼できる勤仕の言葉を受け取らない心の隙間がない訳ではない。


「ハビエル……すまない」


 ルシファーは謝罪した。その言葉にハビエルは顔を上げる。


「私はやめるつもりはない。何故なら私は、アブディエルの剣呑さを確信しているからだ。しかし君の言う通り、現状のように私の中にも確証がある訳ではない。だが、だからと言ってやめるつもりはない」

「それは、議会を辞めた後悔があるからじゃないんですか」


 諦めないハビエルは、目の前の相手がルシファーだということも半分忘れていた。一人の人間として、信頼する相手をどうにか説得したいと強情になっていた。


「それもあるだろう。責任感から行動したいと思っているのかもしれない。だが、現に私は不穏分子を放置した。これは監督を放棄した私自身の責任だ。これ以上悪化させない為にも、今のうちに忘れ物を回収しなければならないのだ」

「貴方はもう、議会とは何の関係もありません。今はアブディエル様が全ての機関の最高責任者です。責任の所在を問うのであれば矛先はその最高責任者であり、責任を取るのもその者ではないでしょうか」

「なら。このまま放置しておけば、この疑念はいつかなくなると言うのか?」


 自分の胸に手を当て、ルシファーはハビエルに問う。

 それには答えられず、ハビエルは沈黙する。ベリエルは、ハビエルがどんな言葉を返すのか注目した。

 返答に詰まったハビエルは、明答を返す代わりにこう回答をした。


「……貴方は、アブディエル様の親ではないのです」

「………」


 今度はルシファーが黙ってしまった。

「親」。子を育てる者。子を愛する者。世話をし面倒を見る者。躾をする者。ルシファーはそれではないと、ハビエルは断言した。ベリエルは何も言わず、ハビエルの言葉を噛み締める。

 数秒の沈黙ののち、ルシファーは「わかった」と言い、ハビエルにあることを提案する。


「ハビエル。君に提案しよう。私の考えに反対だと言うのなら、勤仕を辞めてもいい」

「それは……クビですか」


 彼の願いを叶えることはできなかった。一気にそこまで考えたが、ルシファーはそうではないと否定した。


「私の意志が変わらないからだ。議長を辞めた時とは訳が違う。だから、君の自由意思で決めてくれて構わない」


 ルシファーは依願退職を許した。もし調査が議会に反することとなり、本当に罪に繋がるのだとしたら、守りきれるかは保証できない。主の身よりも自身の身を案じてほしいという意味も込めていた。

 ハビエルの答えは勿論、ノーだった。




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