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オルネフォルの軌跡  作者: はづき愛依
箱の園 Ⅲ
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 調査状況が停滞し続け、内部に協力者がいないと行き詰まってしまうことにハビエルたちは痛感していた。その頃、人間に更なる変化が起き始めた。

 個人の小さな諍いから始まった人間同士の衝突は、グリゴリの関与の残留物の影響により、今や武器を持った集団による強奪、領地の奪い合いによる命の略奪にまで発展していた。その目を背けたくなる蛮行に様々な議論が持ち上がり、誰もが神の鉄槌を望み、再度の物質界リセットを期待した。

 しかし、この結果は全て議会───アブディエルの実験が起因するものだった。


「何でこんなことに……」


 悪化した事態は勿論ハビエルたちの耳にも入り、ルシファーは頭を抱え愕然と事実を受け止めていた。


「アブディエルの奴。これでは品行を戒めるどころか、火に油ではないか」

「痛い目を見た方がいいと思ってたけど、こんなこと望んでなかった。やってることがめちゃくちゃだよ。アブディエル様は一体何を考えてるのさ」

「……ベリエル。お茶を淹れてくれないか」


 ルシファーの声はいつもより低音だった。それが感情を抑えているからなのが、二人にもわかった。

 ベリエルはハーブティーを淹れて机に置いた。ルシファーはそれを一口二口飲むと、余計な感情を吐き出すように長く重い息を吐いた。


「悪の面を肥大化させることで、その恐ろしさを教えるつもりだったのかもしれないが。これが今の議会の……アブディエルのやり方という訳だな」

「でも、このやり方合ってるの?品行を戒めるって、少しキツめの罰を与えるだけじゃないの?これじゃあ失敗じゃない!」


 ルシファーが感情を抑える代わりにベリエルが憤る。ハビエルは冷静さを保っているように見えるが、意識して抑えていないとべリエルと同じように憤りそうだった。


「失敗なんてものじゃないですよ。どう考えたって間違ってますよ、確実に」

「あぁ。教えるどころか悪影響を及ぼしている。これでは、私たちが元から危惧していた方向へと向かうだけだ」

「ねぇ。これって、本当に人間の進化を抑制する方法なの?ボクには偉い奴らが考えることなんて想像もできないけど、本当に正当な方法だと言えるの?」


 ベリエルはルシファーに問いかけた。この天界で一番正しい道を歩む者に。


「恐らく、内外に異論を唱える者はいなかったんだろうな。研究施設の職員も、以前から議会に従順だった。新たな実験に疑いを持ったとしても、意向に沿うのが当然だからとその疑いはなかったことにしてしまうだろう」

「誰も彼も言いなりってこと?自我ってものがないの?」

「彼らは自分の職務に従事しただけだ。責め立ててやるな」

「荷担してる時点でアウトだと思うけど。何で庇うのさ」

「今はそれは置いておきましょうよ。アブディエル様が何をしたのかを考えなきゃ」


 このままではベリエルが憤慨しそうなので、ハビエルはお茶を飲んで落ち着いて下さいと言った。素直に従ったベリエルは、ハーブティーを飲んでようやく少しずつ落ち着き始めた。

 ベリエルの怒りも鎮静化したので、アブディエルが考案した策を推測してみることにした。


「ザフキエルは、アブディエルが新しい実験を始めたと言っていた。その実験が採用された確率が高い。果たしてどういった実験をやり、大命を遂行したのか……」

「この結果を見る限り、ろくでもないことをやってたに違いないよ」

「人間に悪行をするように促した訳ですよね。そうするメリットを教えて、どつぼに嵌まるように」

「悪行の“メリット”?全く正反対で矛盾した言葉じゃない」

「……いや。これは一つの可能性だが、悪行をすることで良いことに繋がった、もしくは、良いことが悪行になったということはないだろうか」

「悪行と善行が繋がることってあるの?」


 べリエルは怪訝な顔をしたが、ハビエルはルシファーが言ったことはあるのではないかと思う。

 例えば、弱者が強者に強いたげられ生命の危機に直面していた場合、第三者が強者をやむを得ず殺して弱者を助ける。例えば、侵略された弱者が領地を取り戻す為に勇み立ち、強者と戦い勝利したことで力に自信が付き、他の土地を侵略し始める。だがどちらも、ある種の“快感”が伴った場合、判断能力を減退させ際限なく欲したものを奪うようになってしまう。


「人間にも正義はある。だが、既存の正義の中で履き違えられた正義が変質し、蔓延したということもあり得る。人間について研究していたアブディエルなら、彼らの感情の仕組みを理解してそれを心理的に操作することもできそうだが」

「人間の感情を操作するなんて……そんなこと可能なんですか?」

「私は専門ではないから、飽くまで仮定だ。アブディエルは人間の感情に特化して研究していたから、そうすることも不可能ではないという話だ。だが、もしそんなことをしていたら、神の代理人にあらざる行為だと議長を解任され、物質界の歴史を歪めたと判断されれば処罰もされる」


 アブディエルが及ぼした人間の変化は、天界の掟『人間に必要以上の介入を禁ずる』と『物質界の歴史への介入を禁ずる』に抵触する可能性がある。どちらでも禁固刑の処分とされる。しかし大命の為ではあるので、裁判だけで処罰を判断することはできない。


「まぁ過程はそうだったとして、どうやって吹き込んだのさ。使い走りの天使エンジェルスを荷担させたとか?」

「笑えない冗談ですよ、それ」

「そんなことはさせないと思うがな……何にしろ、こうなる前にアブディエルの実験を突き止められなかったのは、非常に残念だ」


 ルシファーは、その気持ちに沿った表情を浮かべる。折角、実験に注意しろと教えてくれた者がいたのに、何もできなかったことが歯痒く、突き付けられた現実に無力だと言われているようだった。

 あの書状は既に危険信号を発していた。アブディエルの危うさを感知していたルシファーなら、議長でなくても全天使の長という権限を使って堂々と立ち入り調査ができたのではないだろうか。必要のないところで発揮されたルシファーの慎重さが、裏目に出てしまったのかもしれない。




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