表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
オルネフォルの軌跡  作者: はづき愛依
箱の園 Ⅲ
21/106

6




 ハビエルとベリエルは議会の動きをそれとなく聞き出そうとゼブルで粘ったが、時間と労力を費やすだけで一ミリの手懸かりも掴めなかった。足踏みどころか、コースは真っ直ぐなのか曲がるのかもわからずスタートラインに棒立ち状態だ。なので三人は再度話し合い、調査する場所を変えてみようということになった。

 候補に上がったのは、第三天のシェハキム。議会の管轄である、例の研究施設がある場所だ。近付くで聞くのは危険ではないかとハビエルは言ったが、間違いが起きる前に突き止めたいルシファーは、少し踏み込んだ調査が必要だと判断した。しかし流石に施設に近付くのは危険なので、離れた地域で聞き込みをしようということになった。

 ベリエルから軽率な行動は慎むように念を押されたルシファーは、次に約束を破れば精神的なノックアウトを狙われそうだと感じて大人しく居館に残った。


 シェハキムは美しい庭園が有名で、ベリエルもルシファーの束の間の休暇に付き添って訪れたことがある。まるで絵画を額縁からそのまま取り出したような風景は日常を忘れられ、心身の疲れを癒してくれる素敵な場所だ。ラキアの植物研究施設で生まれた、天界にしかない希少な草花もある。

 ハビエルとべリエルは、色とりどりの草花が咲き誇る庭園の中を歩く。


「本当に大丈夫ですかね。うろついてたら関係者に怪しまれませんかね」

「施設に近付かなければ大丈夫でしょ。もしも声をかけられても、誤魔化せばいいよ」


 ベリエルは肝が据わっているが、ルシファーの勤仕の保証期限も気になるハビエルは、どんどん危険地帯に近付いているのが不安でならない。ルシファーの気が変わらないかと心底期待している。

 二人は、さて誰に声をかけようかと歩いていると、逆に誰かから声をかけられる。


「おや。ルシファー様の勤仕では?」


 ハビエルは少しビクッとした。もう怪しまれてしまったのかと、瞬時にいつでも逃走できる心の準備をした。

 二人が振り向くと、ザフキエルがにこやかに立っていた。上級天使にベリエルは率先して挨拶する。


「ごきげんようザフキエル様。ベリエルと申します」

「そうそう。ベリエル。かなり前に挨拶したきりだったね。相変わらず見目がいいね、きみは。ルシファー様にも可愛がってもらっているのでしょうね」

「そんなことはありません。ルシファー様には、勉強させて頂くことばかりです。ご迷惑にならないよう務めるのに精一杯でございます」


 ベリエルはザフキエルに劣らないにこやかさで対応する。普段の様子と比較するハビエルは、全くの嘘八百だなと猫被り力に感心する。


「そちらも勤仕?」

「はい。新しく来ました、ハビエルと申します」


 べリエルはハビエルに、議会に務めている方だとザフキエルを紹介した。


「二人目の勤仕か。やはりルシファー様は違うんだな。宜しくハビエル」

「宜しくお願い致します」


 ルシファー以外の議員に初めて会うハビエルは、粗相をしないよう、ベリエルに倣ってできるだけ笑顔を意識した。


「今日はここで何をしているんだい?ルシファー様を放っておいて」

「ルシファー様が自由な時間を下さったのです。なので少々暇潰しに。ザフキエル様は?」

「見ての通り、植物の管理だ」


 見れば、剪定ばさみや肥料を持っている。ザフキエルは本職の傍ら、趣味でここシェハキムと第四天マコノムの植物の管理をしているのだ。


「お一人でですか?」

「いや。ウリエルも一緒に」


 ザフキエルが斜め下を見たので、二人も視線を追った。二人が目を遣った先には、緑色のフード付きの外衣を被った、現在議会を欠席中の七大天使ウリエルがしゃがんでいた。

 影が薄い上に同化してて、全然気付かなかった……。

 元々ウリエルが一人で二ヶ所の管理をしていたのだが、根が暗い性格もあり議会で孤立しがちだったウリエルの対人関係がザフキエルは心配だった。そこで、余計なお節介になるとは思いつつも、本職の傍ら、時間が取れる時に息抜きを兼ねて一緒に管理を始めたのだ。

 ウリエルは誰よりも植物に詳しく、同胞や人間よりも植物を愛しているとも言われていて、「花がウリエルに生まれ変わった」なんて都市伝説もあったりする。

 そんなウリエルは先程からずっとしゃがみ込み、雲を触るように花に優しく触れている。何とも不思議な光景だった。


「……あれは、何をされているのですか?」

「何だろうね。私には、花を撫でているようにしか見えない」

「ボクの目にもそう見えます」


 勿論、ハビエルの目にもそう映っている。ウリエルは繰り返し、花を優しく優しく撫でている。そこには、三人には踏み込めない世界があった。


「無口だから殆ど口を聞いたことがないんだけれど、ああすることで植物を元気にしているんだろうね、恐らく。彼なりの向き合い方だ」

「話されたことがないのですか?」

「もう長く一緒にシェハキムとマコノムの植物の管理をしているけれど、言葉を交わしたのは合計で六〇分未満じゃないかな。議会でも話したことがなかったからね」

「それでよく意思の疎通ができていますね」

「苦労はしたけど。でも、人となりがわかっただけでだいぶ楽だよ。今は無言が続いても平気だ」


 凄い。熟年夫婦みたいだ。

 もしかしたら年齢は熟年以上かもしれないが、わりと誰とでも付き合える自分でも無理かもしれないと思うハビエルは、少し尊敬する。


「そうか。シェハキムにはずっと通われているんですね。ザフキエル様は、研究施設の方には行かれないのですか?」


 ベリエルは話の流れを利用して、いきなり研究施設の話題へと誘導する。ハビエルは無理に口出しせず、ベリエルに委ねることにする。


「私はあまり行かないな。特に用はないから。ヨフィエルは責任者だから、会議がない時はいつも来ているよ」


 ザフキエルは普通に受け答えしてくれるので、ベリエルは少しずつ探りを入れようと日常会話を装って話を続ける。


「アブディエル様が来ることもあるのですか?」

「そうだね。視察も兼ねて来ることもあるようだよ」

「人間に関係した研究をしているとは聞いたことがあるのですが、一体どんな研究をされているのでしょう?」

「興味があるのかい?」

「少しだけ」

「ルシファー様も知っているのでは?」

「議会の掟を守っていらっしゃるので、教えては頂けません。流石は元議長です。そう言えば、ザフキエル様のことをこう申しておりました。私に尽くしてくれた良き腹心だった、もし議会に戻ることがあればまた共に尽力してほしいと」


 ルシファーが本当にそう言っていたのかは定かではないが、研究に興味があるというのは嘘も方便。ベリエルは意図を悟られずに、ザフキエルの警戒心を解こうと試みる。

 ベリエルの興味はどうでもよさそうだが、ルシファーからの言葉は目を瞑ったザフキエルの心臓を掴んだようだ。心なしか先程よりも表情筋が緩み、快く研究内容を教えてくれた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ