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「昨日、乗員乗客全員が死亡した、南アジア旅客機墜落事故の続報です。唯一搭乗していた日本人の方の身元が判明しました。名前は、黄木真人さん。二十八歳男性───」
「えっ……」
垂れ流しにしていた朝のニュースを聞いた悠仁は、仕度をしていた手を止めてテレビ画面を見た。
画面には、地元放送局のカメラマンが撮影した事故当時の映像が流れている。住宅街だった現場はオモチャのブロックを撒き散らかしたような惨状で、墜落した飛行機は割り箸のように折れ、燃え上がる炎を消そうと消防隊員が必死に消火活動を行っている。
その映像の下方に、数日前に南アジアへ出張に出かけて行った家主の名前が表記されている。聞き間違ったのかと思った。しかし、確認でいくら瞬きしても、見間違いは起こらなかった。
「………うそだろ」
帰ったら、悠仁リクエストの野菜ゴロゴロカレーを作ると約束してくれていた。約束を守る真人が、初めて約束を破った。
悠仁は真人だと確信すると同時に、突然の訃報に唖然と画面を見つめた。
訃報から数日が経っても、身近な、しかも恩人とも言える人物が亡くなったことで、大学に出ても集中できず脱力感に襲われていた。けれど、いつまでも感傷に浸っている訳にもいかなかった。
「……荷物、整理した方がいいよな」
彼の遺品を整理して、実家に送らなければならない。葬儀は既に終わっているだろうか。遺品を送ることを伝える時に、墓前に線香を立てさせてほしいと家族にお願いしようと思った。
悠仁は二階の真人の部屋に上がる。賃貸の部屋は2Kのメゾネットタイプで、一階は七畳のリビング、二階が十畳のプライベートルームになっている。居候の身の悠仁はソファーの後ろのスペースを専用の寝床にし、他は自由に使わせてもらっている。
二階の部屋は扉がなく、階段を上ってすぐの作りになっている。フラットで入りやすいが、入るのは始めてだ。真人から勝手に入るなと言われていたから、悠仁は追い出されないように決まりを守っていた。きっと、仕事関係の大事なものがあるからなんだろうと思っていた。
悠仁がイメージするジャーナリストの部屋は、壁には取材用のカメラが五台くらいかけられていて、自分で撮ったモノクロの写真が飾られていて、本棚には世界各国に関する本がたくさん並び、机の上や床には取材をまとめたファイルの山がありそうなイメージだった。
ところが真人の部屋は、拍子抜けする程簡素だった。雑然さとは無縁のように、きれいに保たれたリビング同様に整理されていた。前もって片付けられたようなきれいさが、逆に違和感に思う程に。
部屋には二つのクローゼットがあるからきっとその中にあるんだろうと、整然されていることはそんなに気に留めず、机周りで実家の連絡先を探した。引き出しから紙の端切れのようなメモに「実家」と書かれた番号を見つけ、電話をかけてみた。
ところが。
「そんな名前の家族、うちにはいませんけど」
「えっ。いない?」
そんなバかな。
悠仁は飛行機事故の話もしたが、母親らしき女性からとにかくうちにはいないと迷惑そうな声音で改めて言われ、電話を切られてしまった。
悠仁はメモ紙をもう一度よく見るが、やっぱり実家と書いてあるし、電話番号も間違えていない。
そこでふと思い出す。
そう言えば、家族とは疎遠だって言ってたな。
他人の親子事情に土足で踏み込む訳にもいかないので、詳しくは聞いていなかった。それがあるからあんな言い回しだったんだろうかと、悠仁は考えた。
けれどそれにしては、海外で事故死した実子の存在を否定するのは無慈悲だ。疎遠どころか、完全に縁を切っている状態の言い方だ。それに、電話越しに話した印象は厭うものとは違って、本当に「黄木真人」という人物を知らないという口振りだったようにも思える。
……何か、おかしい。
悠仁は急に不安に襲われた。
スマホで飛行機事故の記事を片っ端から漁った。ところが、どのニュースサイトにも日本人死亡の事実は一つも存在していない。
「どういうことだ?確かにニュースで真人さんの名前を見たのに、どこにも名前が載ってない……ええ?」
数日前、ニュースで名前を見たのは間違いない。乗員乗客全員が死亡して、唯一乗っていた日本人だと確かに言っていた。けれど死亡どころか、日本人の乗客はいなかったと書いてある。悠仁は純粋に混乱する。