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オルネフォルの軌跡  作者: はづき愛依
箱の園 Ⅲ
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4




 ハビエルはベリエルにハーブティーを勧め、沸騰した気持ちを落ち着かせた。落ち着いたところで仕切り直し、アブディエルの実験についての話を始める。


「会議の時に、アブディエル様は何か手懸かりになるようなことを言ってなかったの?」

「そうだな……」


 衝突してばかりだったので思い返すのは苦い思いだが、ルシファーは記憶を掘り返した。

 アブディエルは話し合いの際に、

「人間は物質界の驚異です!このままではやがて物質界は破滅する。今すぐ人間の力を抑制する必要があり、それには誰かが手を加えなければなりません。それを我々がやるのです。神が望んでいる通りに。神の代理人である我々が調整するべきなのです!」

 と、いつものように身振り手振りで熱弁していた。ルシファーが、調整をして上手くいかない場合はどうするのだと問うと、

「神の言う通りに鉄槌を下すまで。人間は自分たちの行いの恐ろしさを知らぬのです。ならば知らしめるまで」

 と、大命遂行の為にどこまでも厳格な姿勢を崩さなかった。


「悪の恐ろしさを教える必要がある、とも言っていたな。本当の悪を知らぬから品行が下賤なのだと。それを正せば美しい世界に戻ると」

「教示するってこと?」

「そんな優しくはないだろう。恐らく罰を与えるつもりだ」

「あの大洪水のように?」

「わからんがな。まだ憶測に過ぎない。今の懸念は、アブディエルがやり過ぎないかだが……」

「でも。悪いことへの罰なら、仕方ないのではないでしょうか」


 ハビエルが発言すると、二人は注目した。


「人を傷付けることも、物を奪うことも、欺瞞も、制縛も良いことではないです。誰かがそうすることで誰かが傷付いて、涙が流れる。違うものも流れる。仕方がない時もあるのかもしれないけど、人間は不幸にはなりたくありません。誰しもそう思っています。不幸ではなく、幸せを望んでいます。幸せになる方法を模索しています。でも、不器用なんだと思います。だから罰を与えることは、平和の有り難みを教えることにもなるんじゃないでしょうか」


 争いを繰り返してきた人類の歴史を学び、平和な世界に生きる人間としての所感だった。

 月並みだが、平和な時代に生まれて幸せだと思う。日本も昔は他国と大きな戦争をし、支配し、支配された時代もあった。そして数多くの犠牲が生まれ、その分の哀しみが滝となった。

 授業で教えられただけでは、歴史の一つとしか捉えられなかった。けれど語り部の生きた話を聞き、その話の一つ一つに、平坦な行路しか知らない自分が歩いている道がどれだけ安全かを教えられた。そしてその道の下に、様々な思いが数え切れない程埋まっているのだと知った。

 犠牲者の思いを無駄にしてはならない。そうして国連から「世界法律」が発布された。世界法律は、全ての国から最小限の防衛力を除いた軍事力を廃棄させた。それだけでなく個人の犯罪まで有効とされ、人命に関わる犯罪は全て極刑となる。まさに、命と平和を守る為に作られた法律なのだ。そのおかげで、人の命はより尊ばれるものとなっている。

「平和は守るもの」。それは現在の世界の常識であり、幸福な日常を全ての人が喜んでいる。まるで宿命のような惨禍を抜け出して初めて、平和の有り難みを感じている。それを教えるのは時代は関係ない。人間が間違った道を進まない為にも、守るべきものを教えておく必要はあると思った。

 勤仕になって初めてしっかりと自分の意見を述べたハビエルを、ベリエルはじっと見つめる。


「……まるで人間になったように言うね」

「えっ?あ、いや別に。思ったことを言っただけです」


 今自分が天使だということをすっかり忘れていたハビエルの心臓は飛び出そうだった。発言を慌てて誤魔化すが、誤魔化しきれたかは微妙な気がする。

 けれど、まさかハビエルが人間だとは思っていないベリエルはそれ以上何も突っ込まず、ハビエルの意見に賛同を示した。


「まぁ。ハビエルが言うことは間違ってないと思う。人間は痛い目を見た方がいい」

「だが、議会がやったことで人間が絶滅しかけたらどうだろう?」

「流石に大洪水のようなことはしないでしょ」

「勿論、極論だ。それはやっていいことなのだろうか」

「それは……程度によるかな」

「程度とは?」

「人間が絶滅おわらしない程度。環境が人間が生きていける程度。物質界が維持できる状態がある程度が残せれば、生存した人間が学習して、今度こそはと品行を改めるんじゃないかな。そして、偶然与えられた産物を持て余していることに気付いて、手放す選択をするかもしれない」


 そのベリエルの意見に対して、ハビエルは再び発言する。


「でもそれでは、罰の域を越えていませんか。天使は……俺たちは命を守る存在で、命の未来を自由に操作していい訳じゃないですよね。今ある命は残さなければならないと思います」

「ついさっき、罰を与えるのに賛成って言ってたでしょ」

「賛成とは言っていません。直すには、少し強めの薬が必要かもしれないと言いたかったんです」

「では改めて。ハビエルはどう考えてる?」


 その考えを聞きたいとルシファーは問い、ハビエルは見解を述べる。


「子供に言い諭すような方法では無理だと、俺も思ってます。けれど、強力な支配のようなやり方も違います。物質界は維持しなければなりません。それができるのは、今の物質界を作ってきた人間です。そして維持するには、子孫を残さなければなりません。子孫の繁栄は、人間の最も強い願望のような気がします。どの欲望よりも、最優先に考えられていると思います。だからきっと、そのうち、その強い願望が勝る時が来ると思うんです」

「人間が変わる日が来ると。ハビエルはそう考えるんだな?」

「そんな希望的観測……」


 ベリエルは鼻で笑って異論を唱えようとしたが、ハビエルは無視して発言を続ける。


「グリゴリの知恵を利用できているのですから、そこまで低能ではないのではないでしょうか。自分で自分を破滅に追いやることの愚かしさに、いつか気付くでしょう。なので、今ある命は尊重してもいいのではないかと思います」


 ハビエルは、今度は天使としての意見を意識して述べた。しかし、八割は人間としての意見だったかもしれない。

 二人の意見を聞いて、ルシファーは一つ頷いた。


「正反対ではあったが、どちらの意見にも納得できる点はある。考えはそれぞれだ。私はどちらの意見も否定はしない。二人の考えを聞けてよかった」


 自分の意見とは違うハビエルの意見がルシファーに受け入れられて、ベリエルはふんっと鼻を鳴らした。ハビエルはいつになったらベリエルに認めてもらえるのだろう。


「少し論点がずれてしまったが。悪の恐ろしさを教えることが、行き過ぎた行動にならないか気がかりでもある。今後も引き続き調べていこう」


 ルシファーの指示に二人は頷く。

 了解したハビエルだが、やはり危険が伴うのは心配だった。もしかしたら堕天以外のことを「助けてほしい」のかとも思いつつ、それが何なのかは見当も付いていない。しかし、これがその一端に繋がっている可能性もあるので、協力を続けることにした。






 やがて、グリゴリの刑を執行したと公示された。これでグリゴリ事件の大本は終結したことになる。




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