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三人は早速、段取りを立てた。実験の調査は、議会に気付かれないように進めなければならない。ルシファーが動くと嫌でも目立ってしまうので、ハビエルとベリエルが探ることになった。
しかし調査と言っても、直接議員や研究施設の関係者に聞き取りをしたらすぐにアブディエルにバレて目を付けられてしまう。なのでまず試しに、議会との関係が薄い上級天使に聞き込むことにし、下っ端組織の役所なら恐らく安全なラインだと踏んで、さりげなく聞き込みをした。
ところが、安全過ぎたのか誰からも知らないと言われ、初動から躓いてしまった。ハビエルとベリエルは、仕方なく役所から退散する。
「と言うか。役所とは言え、俺たちが探ってることが議会に伝わりはしませんかね」
「多分大丈夫。“ルシファーの勤仕”は身分証であって、保証書でもあるから。誰にも言わないで下さいって言われたら、その通りにしてくれる。暫くは自由に動けるよ」
「暫く?」
「保証書にも有効期限があるかもしれないってこと。いつかは察知されると思う」
家電製品やパスポートに保証される期間や有効期限があるのが当然のように、天界でも、例えバックにビッグネームがいてもその常識は覆らないらしい。“何事にも絶対はない”ということなのだろう。
「それじゃあ、悠長に調べてはいられませんね」
目を付けられたらそこでアウト。家に戻って、利口に大人しくしていなければならない。しかしルシファーの為には、議会に悟られずにできるだけ聞き込みをしなければならない。ハビエルは、初日の聞き込みだけで長丁場になりそうだと思った。
その頃のルシファーは、依然として送られて来る職務依頼の返事を書いていると勤仕の二人は思っているだろうが、実は外出していた。
向かったのは七大天使の所だ。ミカエルが議会に入ったことは耳にしていたので、彼が所属していた七大天使の仲間に何か情報が流れて来ていないかと思い訪れた。
因みに現在の七大天使たちは、一般の大天使たちとは違う待遇で周りからちやほやされているのをいいことに、グリゴリ事件でひと仕事した反動もあって怠惰期間に入っている。
ルシファーは一人ずつ訪ねて回ったが。
「聞いていませんね」
ラファエルは薬品の調合に夢中になりながら言い、
「……」
フードを目深に被ったウリエルは目を合わさず無言で首を振り、
「オレっちも知らないッス!」
サリエルはチャラい口調で言い、
「僕も知りません」
「すみません。オレも」
ラグエルとレミエルにも同じ回答をされた。そしてガブリエルに至っては、
「七大天使を抜けた人のことは興味ないので」
と冷やかに回答された。
ガブリエルとミカエルは、以前からあまり仲が良くない。と言うか、ミカエルは歩み寄ろうとしているが、ガブリエルが一方的に毛嫌いしているようで、ガブリエルが外でミカエルの話をしているところは誰も見たことがない。
もしかしたらとささやかな期待を胸に足を運んだが、流石に情報漏洩はしていなかった。無駄足を踏んだルシファーは、寄り道せずに居館に帰った。
調査に出ていた二人も帰って来たので、報告を聞こうとした。ところが。
「行ったんですか。ボクが動かないでと言ったのに。リスクを考えずに」
ハーブティーを出しかけたベリエルからルシファーは怒られる。本当はベリエルから、無闇に動かないでと念を押されていた。なのにルシファーはその約束を破ったので、怒られるのは当たり前なのである。
ティーカップを受け取ろうとしたルシファーの手が、宙に浮いたままになる。
「すまないと思ったんだが、言い出しっぺなのに報告を待つだけなのは申し訳ないと思ったんだ」
「言ったよね。ルシファーが目立つことしたら議会に気付かれるって」
「いやしかし。一回だけなら大丈夫じゃないか?ちゃんと口止めもしてきたし」
「甘い!七大天使も同じ場所に住んでるんだから、もしも実験の「じ」でもポロっと漏れたら、あっという間にアブディエル様の耳に入るんだよ?ルシファーだって気付かれなくても、誰かが探ってるって警戒されるんだよ?」
「七大天使は今やる気がないことで有名だから、実験のことにも興味ないだろうと思うが」
「楽天的!よくそんなんで統御議会の議長なんてできてたよね!もしかしてお飾りだったの?議会って傀儡政治だった訳?」
ベリエル様言い過ぎ。
ルシファーを庇いたいところだが、怒りの矛先が変わるのを恐れたハビエルは、主従関係が逆転したやり取りをただ静観することに徹した。
「議会は傀儡じゃないし、責任を持って職務をこなしていたよ。それよりお茶……」
ルシファーの手はずっと宙で固定されている。心身を潤わせたいと要求すると、ベリエルは槍でも飛ばしそうな目をする。
「これまでボクの口が取れるくらい言ってるし、貴方の耳も腐る程聞いてる筈だけど、重ねて言うよ。貴方は自分の立場をもっと自覚して。天界の全員に注目されてるんだから、常識的で模範となる行動を意識して。この機会にそれを身体に刷り込んでもらえないなら……位階を無視して強行に出るから」
「肝に銘じておく」
ルシファーは一応反省の色を見せるが、ベリエルの眉間の皺は刻まれたまま。惜しくも相互理解とはならなかったが、宙に留まっていたティーカップはルシファーの手に渡った。
一部始終を見ていたハビエルは、やっぱり立場が逆転していることが不思議でしょうがない。ルシファーが抵抗なくナチュラルに、しかも何気に適当にかわしながら言い合いをしているのを見て、このやり取りが長い間続いていることが窺えた。
友達みたいに仲が良いんだな……。




