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「……ほらっ。返事出そうよ」
気不味いベリエルは自ら場を仕切り直した。各所宛の職務依頼の返事をルシファーが書き、ベリエルが書状を紐で巻き、ハビエルが伝書鳥の首に括り付け送り返した。
全ての返送が終わった時、また新たな伝書鳥がやって来て窓枠に留まった。
「また伝書鳥」
「またいい加減な依頼でも来たんじゃないの」
同じような内容だったら、ベリエルの「厚かましい」が飛び出るに違いない。そう思いながらハビエルは伝書鳥の首から書状を取ると、鳥は返信を受け取らずに飛んで行ってしまった。滅多にないが、渡したらすぐに帰って来るよう主人から言われていたのだろう。
書状には赤い紐が巻き付いていた。通常は茶色い紐が巻かれているので、それは特別な内容の書状という証だった。紐の色の違いを教えられていたハビエルは、開かないままルシファーに渡した。
ルシファーは書状を開き内容を一読すると、眉頭を寄せる。
「これは……」
「どうしたのルシファー」
「見てくれ」
ルシファー宛に来た特別な書状を見ていいものかと躊躇するハビエルとべリエルは、互いに顔を見合わせると、一緒に机に近付いた。
短くまとめられた用件を、ベリエルが読む。
「『議会がシェハキムでとある実験を始めた。留意なされよ』」
「……何なんですか、これ」
「わからない。誰が送って来たのかも」
書状は無名で送られて来ていた。どの伝書鳥にも持ち主の目印はついておらず、書状に使用される紙も全員が同じものを使っているので、送り主を探ることはできない。
「シェハキムは研究施設がありますから、何かしらの実験をやっていてもおかしくはないと思いますが……」
「ただ報告をしてくれただけだと言うの?実験を始めましたって。何でルシファーに?」
「元・統御議会議長だから?」
「今は関係のない人に教えてどうするの。しかもわざとらしく無名で」
ベリエルは若干鼻につく言い方をするが、気にならない程度だったのでハビエルは話を続ける。
「ルシファー様の立場を尊重されて気を回された、とか」
「ルシファー派が送って来たってこと?ないでしょ。名前を隠してるのが怪し過ぎる。誰かが暇潰しに送って来たんだよ」
べリエルは腕を抱き、だよねルシファーと言葉に出さず視線を送る。ルシファーはベリエルの視線に気付かず、無名の書状を真剣に見つめ続ける。
「……少し引っかかることがある」
「ルシファーまで!」
ベリエルは真に受けるのかと眉間に皺を寄せる。しかしルシファーには、この書状を無視できない理由があるようだった。
「誰かの暇潰しかどうかは別として。以前から疑わしく思っていたことがあるのだが、もしかするとそれを指しているのではないだろうか」
「何を疑ってたの?」
「アブディエルに関してだ。以前私は、アブディエルがシェハキムの研究施設に出入りしていると聞いたんだ。あそこの施設は議会の管轄でもあるから、議員が出入りをしていてもおかしくはない。だが、アブディエルは頻繁に赴いているようなんだ」
「アブディエル様の主導で何かの実験をしていると言うの?」
「そうとは限らない。だがあそこには、私すら頻繁に行くことはなかった。滅多に主用はないのだからな」
「つまり議会の管轄と言っても、管理をして主に動いているのはそこにいる職員なんですね」
ハビエルの要約に、ルシファーは無言で頷く。
「疑念を持っていた私は、辞める前に一度、隠し事をしていないかと聞いてみた。だが、知らぬ顔をされた」
「ルシファーは、アブディエル様が何か隠してると思ってるんだね」
「根拠はない。だが、ずっと気にかかっている。アブディエルは何かを隠している……『留意せよ』ということは、それを今度の大命で利用しようとしているのか?」
「大命を遂行する為なら、その実験は役立てられるべきです。ルシファー様は何故、アブディエル様への疑念を持つのですか?」
「秘密にしてたら誰だって疑うでしょ」
何を当然のことを言っているんだとベリエルは再びハビエルを見下すが、ハビエルはルシファーとの会話に集中するふりをしてまたスルーする。
「でも、実験が初期段階で、実用できる確率が低いから黙ってたということはないですか?」
「他の者ならそれはあるかもしれない。だがアブディエルは違う。あいつは危うい」
ルシファーは深刻に近い真剣な顔付きで言う。ハビエルに相手をされなかったベリエルも真面目に会話に加わり、その表情を見てルシファーは思い込みで言っていないと感じる。
「……ルシファーの考えが当たっているとして。どんな大命だったの?」
「『不品行になった人間を戒める方法を講じて実行せよ』」
「刈りそびれた根っ子を枯らすよう頼まれた訳だね」
「それをどう遂行するか倦ねていた。そしてこのタイミングで送られて来た、議会の実験を留意せよという無名の知らせ。大命と実験が関係していると示唆しているようだ」
「わざわざ知らせたということは、あまりよくない実験だということなんでしょうか」
「それを調べる」
「調べるって……大丈夫なんですか?あまり首を突っ込まない方が」
神の代理人である統御議会を疑うことは、何人たりとも許されない。議会への疑念を知られれば、疑念を持つ者が逆に監視をされてしまう危険性がある。議会の元トップ、全天使の長とは言え、議会の動きを探って心配はないだろうかとハビエルは危惧する。
しかし、疑念を抱くルシファーは、多少の危険を冒してでも探るつもりだ。
「まずは、どんな実験が行われているのかを調べる。どうするかは、それから決める」
ベリエルは反対せず、ルシファーの意向に従った。
ルシファーの願いを堕天のことだと一度定めたハビエルだったが、もしかして助けるのはこのことなのだろうかと思い、危険性に不安を感じながらも共に調査をすることを決めた。




