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オルネフォルの軌跡  作者: はづき愛依
箱の園 Ⅲ
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 ルシファーは暇だった。

 多忙の日々から解放され、時間を持て余していた。広過ぎる庭の散歩や、いつもはベリエルに任せていた伝書鳥の世話をしてみたり、椅子に座ってぼーっと外を眺めるが、それだけでは時間は潰せなかった。事実上「無職」なので流石にそれはまずいと思うが、しかしどうしたものかと考えるに留まっていた。

 そんな時に、ルシファー宛に職務依頼の書状が届き始めた。皆、フリーになったルシファーと共に職務に従事するチャンスだと思ったのだろう。議長でなくなっても、ルシファーは頼られる存在に変わりないようだ。

 執務室の伝書鳥が待機する枝には数羽が留まり、満員電車状態になっている。その風景に癒やされつつ、ハビエルが届いた書状を一通ずつ読み上げていく。


「第二天のラキアからは、『軽犯罪を犯した者たちを、ルシファー様のような偉大な天使に更生させてほしい。』と来てます」

「うーん……確かラキアでは、植物や生物の遺伝子研究が行われてたな。そっちの方が興味あるな」

「研究施設の方からは来ていませんね。あそこは、研究者たちが関係者以外を入れたがらないんじゃ?」

「そうだった」

「次は。第五天のマティからは、『看守長をして頂けませんか。』って来ていますが」

「罪人たちの看守か。あそこは雰囲気が悪いんだよな。気が滅入りそうになる。他は?」

「えっと。第四天マコノムは、『エデンの園は、ルシファー様の居場所に最も相応しい場所です。永住されるのでしたら大歓迎です。』」

「確かに相応しいけど、ただの宣伝じゃない。ふざけてるのかな」


 外の掃き掃除当番からいつの間にか戻って来ていたべリエルが、眉頭を寄せて不機嫌そうに言った。肩に伝書鳥を乗せて。


「あそこには別邸があるし、時間もできたから久し振りに行ってもいいけどね」

「あとは……ゼブルの裁判所からも。『総責任者に興味はございませんか?』と来てます」

「……これ、天下りじゃない?」

「そうだな。それに、責任者のザフキエルがいくら慕ってくれているとは言え、議会を辞めた私なんかが就いたらいい気はしないだろう」

「そうだね。ザフキエル様に黙って送って来てそうだし」

「届いてる依頼は以上です」

「ご丁寧に各所から来たけど、みんな遠慮というものを知らないのかな」


 依頼状第一弾を担当したべリエルは口を尖らせる。肩に乗っていた伝書鳥は何かしらのオーラを感じたのか、飛び立って仲間と合流した。

 わざと垂らした髪を束ねるリボンを弄りながら、「うーん」とルシファーは唸る。


「どれもそそられる内容じゃなかったかな」

「ラキアの依頼が一番まともだったと思いますけど」

「更生施設かい?でも、また別の噂が生まれそうで気が進まないな」


 これまでの経験を生かすなら罪人の更生や看守長は適任のような気はするが、働きたいとは思えないらしい。統御議会の議長は神から指名された為、自分で職を選んだことがないルシファーにとっては初めての職探し。まず、自分が何をしたいのかを明確にすることから始めた方がいいのかもしれない。


「因みにもう一通来てるけど」


 べリエルは持っていた書状を開いて読み上げる。


「『私たちにやるべきことを教えて下さい。』第一天シャマインの天使エンジェルスたちから……」


 読み終わったと同時に、眉間に深い皺が刻まれる。


「最下級のくせに厚かましい!こんな依頼無視だよ無視!」

「どうしてベリエル様が怒るんですか」

「察してやってくれ」


 ハビエルは言う通りにし、総括して「厚かましい」からなのだと察した。

 べリエルは、気軽に職務依頼を送り付けて来る無作法な神経が許せないらしい。折角の見目を崩したまま、一人掛けソファーにどすんと腰を下ろした。


「みんなルシファーが議長辞めた時は大騒ぎしたくせに、切り替え早いし無遠慮過ぎ。特別な存在なのは変わらないのに。ルシファーにはもっと相応しい椅子があるんだから。統御議会の議長は、ルシファー以外には絶対務まらないと思ってたのに」

「ベリエル……」


 むくれながら密かに抱いていた本音をベリエルは吐露した。本人も言うつもりはなかったらしく、少し気不味そうにする。


「もうっ。本当に、何で辞めちゃったのさ!そんなバカな人じゃなかったでしょ!」


 ルシファーの勤仕になり、自分のステータスが上がったことはべリエルの自慢だった。ようやく周囲を見返すことができて爽快だった。

 だからと言って、ルシファーから「統御議会議長」の肩書きがなくなったから、自分のステータスが下がると考えている訳ではない。ましてや、興味が薄れた訳でもない。ただ、統御議会議長はルシファーにしかできないと思っていたから、何より残念で、寂しかった。


「……本当にすまない」


 ルシファーが改めて謝ると、ベリエルのむくれた顔も萎んでいった。


「もういいよ。今更どうにもならないんだし」


 彼自身も言っていたが、主が決めたことならば勤仕はどうこう言えない。けれどベリエルは、ルシファーのことを“主”とは別の認識を持っている。だからむくれたのだ。




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