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オルネフォルの軌跡  作者: はづき愛依
箱の園 Ⅱ
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 難航していたグリゴリの残党アザエルの捜索は、公安部の懸命な働きの甲斐あってその身柄は確保されたと報告された。これで全てのグリゴリが捕らえられたことになり、裁判も近々行われることとなる。






 議事堂の議長室に、ミカエルが訪れていた。室内には良い香りが漂う。アブディエルは植物が好きで居館でも種々育てており、室内の所々に花瓶を置いている。ほのかに香る天然パフュームのおかげで、いつでもリラクゼーションができる。


「よかったな。グリゴリ全員を捕まえられて、オレも安心した」

「構成員二百人という大所帯でしたが、大半は直後にマティ内で捕らえておりましたので。早期に対処できて、私も安堵しております」


 アブディエルはミカエルにお茶の用意をしている。お茶に使うハーブも自家栽培で、使う種類もアブディエルセレクトだ。


「裁判も早急にやるんだろ?」

「数が多いので、全ての者に判決を下すのは時間がかかりそうですが」

「一人ずつやるつもりかよ。先導したシェムハザを中心に指導者の奴らを重点的に裁いて、他はまとめてできないのか」

「アザエルの取り調べがまだ終わっておりません。それに、これは重大案件です。しっかりと処分を下し、周囲に見せしめなければ」

「そっか」


 ソファーに座るミカエルは、アブディエルからティーカップを受け取る。雰囲気といい漂う香りといい、厳粛な議事堂内ということを忘れてしまいそうだ。


「何か、大丈夫そうだな」

「何がでしょうか?」

「いや。ルシファーの後だから、プレッシャーを感じているんじゃないかと思ってたんだけど」

「プレッシャーなど感じておりません。私は、ルシファー様を超える存在にならなければいけないのですから」


 アブディエルの表情は、新たな使命を背負わされても自信に満ちている。それ以外にも、固い意志の現れが見て取れた。絶対的な存在感を見せ付けたルシファーの後任というプレッシャーは、最初から全くなかった。寧ろ、やっとこの時が来たと待ち遠しかったくらいだ。


「なら、そっちでオレの出番はないみたいだな。議長に任せる」


 ミカエルがもらったティーカップには、小さな可愛らしい花が浮いていた。勿論これもアブディエルが育てた花だ。なかなか演出が憎いハーブティーを、ミカエルは一口二口飲む。


「と言うことは、グリゴリの件で相談があるんじゃないのか?」

「はい。神から賜った大命のことで」


 それは、『不品行になった人間を戒める方法を講じて実行せよ』という指示のことだ。議会の再編があったりと立て込んでいた為に、未だにどうやって実行したらいいのかを決め倦ねていた。だからアブディエルは、ミカエルに相談しようと呼んだのだ。


「つまりは、歪んだ人間の品行を直せってことなんだろ?知恵を与えただけで変化を成せたんだから、その逆の改化もできそうなもんだけど」

「そう簡単ではないのです。グリゴリが与えた知恵は人間の文明の進化を促しましたが、同時に様々な“欲”を活性化させたのです」


 一度はリセットされた物質界。だが、一掃された筈の芽は知らぬうちに種を飛ばし、落ちた場所で育ち、育ったものからまた種が飛び、あちこちに散らばって遺伝し生育し続けていた。着飾った女は誘惑した男と姦淫し、男は武器を作っては争いを繰り返す事例が再発し、不敬虔ふけいけんな人間が増加していた。


「人間に惰性と気力という相反する精力が生まれることとなり、生きる上で譲れぬ常習となっています。我々にも習慣がありますから、説明せずともミカエル様にもご理解頂けるでしょう」


 うむ、と頷くミカエルに、自己紹介の時の軽そうな印象とは別の顔が出てくる。サイドテーブルにティーカップを置くと、真剣な面持ちで頬杖を突いた。


「癖と習慣は違うからな。癖は気付かないうちに日頃やっていることだけど、習慣は意識をして始めることだ。人間は後者だ。意識をして始めたことなら断つことは可能だろうけど、だが恐ろしいことに、癖と同種になってしまっている」

「そうなのです。人間は今や知識を発展させ存分に利用し、我が物としています。グリゴリが与えたものは、恐ろしい知恵の実だったのです。種ごと食べてしまったのならば、身体の中で根を張っていることでしょう」

「成る程。知恵を付けた人間には、それなりの知恵を用いなきゃならないか」


 自分が思っていたよりも困難を極めそうだと、ミカエルの表情がより真剣になる。以前のように、神の偉大な力で押し黙らせることは今回はできない。任せられているアブディエルは、どうにかして自分が持ち得る知恵で神に応えなければならないし、応えたいと思っていた。


「以前の議論を聞く限り、人間について研究してるお前なら何か良い案を発案しそうだけど。何も浮かばないのか?」

「倦ねております」

「参考にできることはないのか?人間の特性とか」

「特性、ですか」

「シェハキムで何かやってるんだろ?」


 ミカエルは何か知っているようで、ニヤリとしなから聞いた。聞かれたアブディエルは、僅かに警戒心を覗かせた視線を向ける。


「何処でそれを?」

「少し耳に挟んだんだ。研究施設によく出入りしてるらしいじゃないか。警戒するなよ。オレは打開案を模索する為に聞いてるんだ」


 何も意図はないとミカエルはジェスチャーする。

 シェハキムの研究施設は議会の管轄でもあるから、アブディエルが出入りしていたとしてもおかしくない。その研究内容があまり公にされていないから、警戒心を表したのだろうか。

 観念したアブディエルは、短く息を吐いた。


「流石はミカエル様。ご存知でしたか」

「それを応用できないのか」

「そうですね………」


 ミカエルのアドバイスを元に、主な研究題材、もしくは研究中のことを応用できないかと、口元に手を当ててアブディエルは思案する。すると、何かを思い付いた。


「人間に、自らの行いの恐ろしさを体感させることができればいいのですよね」

「何か思い付いたか?」

「ええ。少々面白いことを。必ずや神のご期待に応えてみせます」


 アブディエルの表情に自信が滲み出る。

 新議長としての手腕を周囲に大いに示す絶好の機会に意気込み、アブディエルは大命を果たす為に行動を始めた。




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