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オルネフォルの軌跡  作者: はづき愛依
箱の園 Ⅱ
13/106

9




「ここで働く気があるんなら、仕事はもう完璧だと思っていいの?」

「勿論です」

「じゃあ早速。ルシファーにお茶を注いで。そろそろ飲み終わるだろうから」


 ついでにボクのも、とカップを傾けて空なのを見せられた。何だか、仕事と言うより駒遣いにされているような気がするハビエル。しかし、ルシファーがお茶を飲むペースも把握しているとは、流石は先輩勤仕。ベリエルはここに来てから長いようだ。

 ハビエルは台所でお湯を沸かし、新しいハーブティーをポットに入れて持って来た。ルシファーの机に近付き空になったカップに注ごうとした時、ルシファーはふと気付いて問いかける。


「ハビエル。そのブレスレットは?」

「これですか?」


 ハビエルは左手首に、虹色の石が付いたブレスレットを着けていた。


「何処で手に入れたんだい?」

「えっと、これは……ちょっと覚えてないです」


 そのブレスレットについても何も覚えていないので、ハビエルは笑って誤魔化した。


「誰かからもらったのかな。実は私も、似たようなものを持っていたんだ」

「そうなんですか」

「そう言えば、最近着けてるの見ないね。どうしたの?」

「いつの間にか失くしてしまったみたいなんだ」

「失くしたの?ルシファーってたまにうっかりしてるよね。絶対失くしちゃいけない議員徽章を三回も失くしたし。送り返す書状を違う相手の伝書鳥に付けて送ろうとしたことも何度かあって、その度にボクが注意してるし」

「あはは。恥ずかしいな」

「そう思うんなら、もう少しちゃんとして。曲がりなりにも天使長なんだからね」


 ハビエルは幾度か二人のこんな掛け合いを見ているが、やはりどちらが主人かわからないと思う。勤仕の力天使が主の熾天使を怒るという光景は、不思議でならない。


「大切なものだったんですか?」

「そうだな。まじないをかけてあって、お守りのようなものだった」

「お守り……」


 ───お守り───


 突然ハビエルの頭の中に、ルシファーの声で「お守り」がエコーするように響く。ハビエルの海馬に響いた声は、閉じられていた記憶の扉を叩いた。そして、ルシファーと同じ声の誰かの言葉を再生する。


 ───君にとっての、お守りみたいなものなんだね。


 それが引き金となり、眠っていた記憶が次々と解放され、溢れ、脳内を満たしていく。

 そうだ。俺は……。

 ハビエルは、()()()()()()()()()()()()()()()()()を、全て思い出した。


「……ハビエル。どうした?」


 ルシファーに話しかけられ、呆然としていたハビエルは反射的に彼を見る。そして自分の記憶と擦り合わせる間、じっと顔を見つめた。様子がおかしいハビエルを、ルシファーは心配そうに見つめ返す。


「ハビエル?」

「……す、すみません。ちょっと失礼します」


 ハビエルは入れたてのハーブティーを注がないままポットを置き、仕事を放棄して急に部屋を出て行ってしまった。ルシファーとベリエルは顔を見合せ、お互いに首を傾げた。


 部屋を出たハビエルは塔に繋がる廊下をひたすら歩き、回廊に出て、角に差しかかった辺りで立ち止まった。

 急に全部思い出した。何でここにいるのか。真人さんがルシファーなのも。

 記憶が甦ったハビエル改め悠仁は、まだ混乱する頭を落ち着かせ、現在に至るまでの情報を整理しようとする。

 て言うか、俺はどうやって天界に?駅の地下道で猫になった真人さん……じゃなくて、ルシファーだった真人さんが乗り移った猫?真人さんの声でしゃべる猫になったルシファー?


「……まぁ、それはどうでもいいか。取り敢えず、猫と話してた途中から記憶が途切れてるな……今はいつ頃の世界なんだ?それにこの姿」


 鏡で姿を見たことがあるが、現在は人間の時とは違う容姿をしている。

 どうやって天界に来たのか、何故姿が違うのか、気になることは色々あるが、ルシファーだと名乗った真人からの頼まれ事が悠仁の記憶に強く刻まれている。


「そんなことよりも、俺にはやるべきことがある。ルシファーを助けなきゃならない」


 でも何を?そう言えば、何か言ってたな。えーっと、確か、物質界に新たな道標が現れるとか何とか。物質界って、人間の世界のことかな。「助けてほしい」って言ってたことと、何か関係してるのか?それともルシファーは堕天使だから、堕天するのを止めてほしいのか?

 急展開に混乱しながら話は聞いていたつもりだが、会っていた時間はほんの数分で、人間のルシファーが残した手懸かりは僅か。悠仁の頭には話の一部しか記憶されていなかった。


「話、ちゃんと聞いておけばよかった。猫がしゃべった印象が強烈過ぎて、よく覚えてない。何で猫だったんだよ」


 今は何をしたらいいのかわからない。何を助けるのか。それが堕天のことなのか。俺一人でどうにかなるのか……取り敢えず今は、ルシファーの所にいた方がいいよな。できることがわかるまで、地道に探っていくしかない。

 天使になり天界にいる目的だけははっきりした悠仁は、「助けてほしい」の意味を「堕天から助ける」ことだとひとまず定めた。世間のイメージの姿は今は影も見えないが、これから顕著になるのだろうか。

 改めて自分の置かれた状況を整理したところで、悠仁はあることに気付く。


「……ということは。俺は人間だってことを隠しながら、天使として振る舞わなきゃならないのか」


 正体が知られてしまえば、大事おおごとになるのは間違いない。そうなれば、ルシファーを助けることもままならず処罰されてしまうかもしれない。詐偽をしたとして投獄か、即刻追放か……。

 とにかく、ボロが出たらおしまいだ。目的を果たすまで処分されないよう、自分は「人間の菅原悠仁」だということは忘れ、「天使ハビエル」だと思い込んで行動しなければならない。

 先行きの不安から、ハビエルは重い溜め息を吐いた。




 この翌日。ルシファーの議長辞職が公にされ、天使たちに波紋を呼んだ。




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