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オルネフォルの軌跡  作者: はづき愛依
箱の園 Ⅱ
11/106

7




 公安部はアザエルの捜索を続けるも、その足取りは掴めなかった。議会からの要請を受け、アザエルの移送を担当したラファエルに公安本部まで出向いてもらい、聞き取りもされた。

 当時の状況を詳しく聞くと、体調不良で自分で調合した薬を携帯しており、薬を服用していた僅かな間にいつの間にか姿を見失っていたと言う。罪人取り逃がしは重過失であり起訴されるのが普通だが、謝罪したラファエルは過失の責任を重々受け止めており、七大天使に欠員は出せないと起訴には至らず、結局手懸りも掴めなかった。






 統御議会議事堂の奥には、特別な部屋がある。神の声を聞くことができる、託宣の間だ。議員の中でも熾天使の二人しか入ることができず、議長のルシファーは登庁すると真っ先に向かい、大命を聞き、会議で遂行手段を話し合っている。

 ルシファーは今日も、いつものように託宣の間に入る。壁は全面が真っ白だ。正面の壁に嵌め込まれた一枚ガラスから外光が射し真っ白い壁に反射して、まるで光の中にいるようだ。部屋の中心には、円を作るように柱が立っている。その中央に両膝を立て、祭壇に向かって手を組み目を瞑る。

 こちらから話しかけなくても神の声は聞こえる。その筈だが、今日は全く聞こえない。少し待ってみたが、静寂が続くだけだ。

 こんなことは今までになかった。大命がなかったとしても、務めを果たすよう玉音を頂いているのに。

 ルシファーは変だと思いながら、託宣の間を出た。何故だろうと推測しようにも、神の起居の一端も知らないので諦めるしかない。

 すると、アブディエルと出会した。


「ルシファー様。ごきげんよう」

「アブディエル。聞いてくれ。今、託宣の間に行ったんだが、神の声が聞こえなかったんだ。こんなことは初めてだ」


 一体どうされたのだろうとルシファーは御身を心配するが、アブディエルは微笑を浮かべる。


「心配には及びません。私が先程聞いておきましたので」

「君が?」


 神の声は、一日に一度しか聞くことができない。今日はアブディエルが先に聞いていたから、ルシファーは聞けなかったようだ。議長しか入ってはいけない決まりではないから、アブディエルの行動はルール違反ではないが、“議長不在時に限る”という暗黙のルールは無視をしたことになる。

 暗黙のルールは暗黙でしかないので、厳重注意をする程でもないからルシファーも怒りはしない。しかし、何だそうかと思う反面、腑に落ちない表情をする。


「……そうなのか。では、大命は何だったのだ」

「まず、『グリゴリの残党の対応は公安部に一任せよ』とのことです」

「そうか。結局ラファエルから何も聞き出せず、こっちでも手詰まりだったからな。では早速、公安部に引き継ぐ件を知らせねば」

「それは既に、私が伝書鳥で送っておきました。それからもう一つ大命が。『議会は不品行になった人間を戒める方法を講じて実行せよ』と」


 神が大洪水を起こし物質界はリセットされたが、再び繁栄し始めると均整が再び崩れてきていた。もう大洪水は起こさないと決めていた神は、議会に対処を任せることにしたようだ。


「方法は任せるとも申しておりました」

「……そうか」


 アブディエルから一連の報告を受けたルシファーだが、何か思慮するような目をする。


「……なぁ、アブディエル。率先して職務をこなしてくれるのはいいが、差配の事後報告はやめてくれ。まずは拝受した内容を、議長の私に報告してくれないか」

「何故ですか?」


 アブディエルから真顔で問い返され、ルシファーは戸惑う。


「何故って……」

「もしかして、ルシファー様より先に大命を聞いたのが癇に障ったのでしょうか。ですが、託宣の間に入るのは私も許されています。拝受したことも、確かに公安部にお伝えしました。何でしたらご確認頂いても。私は議長の次席です。しかとご報告しているのですから、問題ないのではないでしょうか」


 暗黙のルールを無視したことは置いておくとしても、ルシファーの言うようにまずは組織のトップに報告をするのは当然ではないだろうか。それがどんな内容であっても、一度会議で議員たちに周知させておく必要がある。今回の場合は仕事を下に託すだけで、事前に周知させるのは必須の事柄ではなかったが、議長の耳を通り越してしまったのはいけなかったように思える。

 ルシファーはアブディエルの言い方がいささか鼻に付くように感じ、少しだけ不快感を覚えた。


「……別に私は、そんな程度の低い話をしてはいない。君を非難している訳でもない」

「それならよかった」


 微笑を作りその話題に区切りを付けると、アブディエルは会議室の方へ足を向けた。

 ルシファーは腑に落ちず、胸の辺りが気持ちが悪い。特に近頃は頻繁に症状が出る。アブディエルとぶつかった時はいつも。

 ルシファーはアブディエルに、以前から持っている疑問を投げ掛けた。


「アブディエル」

「何でしょう?」

「君は、何か隠し事をしていないか?」

「隠し事ですか?」

「周囲に秘密で、個人的に何かやっているんじゃないか?」

「さぁ。何のことでしょう?心当たりが全くありません」


 小さく首を傾げたアブディエルは、背を向けて廊下を歩いて行った。

 しらを切られた。ルシファーはそう感じた。


 会議室に議員が集まり、本日の会議が始まった。議題は新たに賜った大命、『不品行になった人間を戒める方法を講じて実行せよ』について。方法は自分たちで講じなければならないので、それぞれに人間を戒める方法を考え話し合う筈だった。

 ところが、会議が始まって間もなく、ルシファーとアブディエルの意見が真っ向から対立してしまう。


「結論を出すのは早い。もう少し様子を見るべきだ」

「神は人間への同情を捨て、繰り返す愚行にお怒りなのです。ならば、大命を受けた我々がどうにかするべきでしょう。それとも議長は、大命を無視しろと仰るのですか」

「そうではない。確かに、大洪水の前と変わらない品行は物も言えない。だが今ならまだ、我々の助けで修正できるのではないか?」

「改善できる見込みがあると?ならば問わせて頂きます。一体いつ、人間はまともな生き物になるのですか!」


 ルシファーとアブディエルは討論を白熱させる。と言うか、アブディエルの方が興奮状態だ。

 二人の押し問答に入れない他の議員たちは、困惑しながらただただ見守るしかない。やることがないザフキエルたちは、事を荒立てないように小声で話す。


「……また始まってしまいましたね」

「近頃はよく衝突なされる」

「最初はうまくいっていたのに。いつからか反りが合わなくなりましたよね」

「おかげで議会の空気が悪いです。議長は神の仰る通りになされば良いのに、何故ご自身の意見を通そうとなさるのでしょう」

「ヨフィエルは、議長がこの空気を作った犯人だと?」

「そんなことは言っていません」


 ザフキエルに指摘されたヨフィエルは、口元に人差し指を立てながら言う。


「ラジエルはどう思いますか?」

「オレは、時間がかかってもいいから意見をまとめてほしいです。どうせ議事録を書くだけなので」


 議会のトップ同士の対立にラジエルは興味がないようで、二人の不可侵を守るようにフードを被り直す。ルシファーとアブディエルが互いの意見を主張し合っている間も、討議が自動的に議事録に記録されていく。もはや討議と言えるのかは疑問だが。

 一同は時間にして小一時間ほど見守っていたが、意見がまとまりそうになかったので代表してザフキエルが半ば強引に割って入り、日を改めてはと進言して衝突を止めた。結局この日は、すぐに大命を遂行するしないの押し問答だけで終わってしまった。




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