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オルネフォルの軌跡  作者: はづき愛依
祝福の園 Ⅲ
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 閉廷後、アブディエルの計らいで、処刑前のルシファーに束の間の時間が与えられた。あんなにルシファーを恨んでいたのに情けをかけるとは、どういう気の変わりようなのだろう。何かがその心に刺激を与え、少しだけ漂白されたのだろうか。

 ミカエルたちが退廷すると、法廷内は悠仁とルシファーの二人だけとなった。ルシファーは傍聴席の悠仁の元へ行き、並んで座った。

 悠仁は困惑する。色々なものがない混ぜになり、感情の表現方法が見つからない。

 きっと両親も祖父母も曽祖父母も知らなかった、一族の真実。

 自分が、ルシファーの血を分けた血族の末裔だという事実。

 そして、利用する為に仕組まれ、利用された現実。

 それを、どう受け止めたらいいのかわからない。素直に受け止めていいのかどうかさえ。だから、ルシファーと顔を合わせづらい。隣に来ても、逃げ出してしまいたくなりそうな気持ちだった。

 隣に来たルシファーも、二人きりの場面になったものの、どう話しかけようかと迷った。自分のことを恨んでいるだろうか、嫌悪しているだろうかと、真っ直ぐに悠仁に聞きたくもあった。

 どうしたら、()()()()()()()話せるだろう。そう考えて、あまり難しく考えるよりも、()()()()()()()振る舞うことにした。


「悠仁。ここまで大変な思いをさせて、すまなかった。人間の間では悪とされていたのに、よく私を信じてくれたな」

「え……あ…うん……信じるのは当たり前って言うか……俺にとっては、ルシファーは真人さんだし。迷惑かけたり、面倒見てもらったり、色々お世話になったから、そのお礼と言うか……」


 話しかけられた悠仁は、心中を装うとしてなるべく普通にしゃべろうと意識したが、逆に意識をし過ぎてぎくしゃくした話し方になってしまった。


「ここまで色々、苦しいこともあったと思う。それでもやり遂げてくれたのは、嬉しかった。実は少しだけ、断られるかと思ってたんだけどな」

「断る余裕なかったですよ……でも、やらなきゃと思ってからは、必死でした」

「結局押し付けたかたちになって、考える暇もなかったよな。あれは悪かったと思ってるよ」


 ルシファーの言葉遣いや雰囲気が、少し砕けたものになっていた。悠仁はそこに、ルシファーであってルシファーではない雰囲気を感じ取った。


「ほんとですよ。あれは酷かったです」

「やっぱり怒ってるか?」


 視界の端にルシファーが自分の顔を覗いてきているのが見えて、悠仁は視線を移した。その表情は、悠仁の機嫌を窺っていた。見たことのないルシファーの表情で、見覚えのある真人の表情だった。


「そりゃ怒ってますよ。急に猫がしゃべって混乱してるのに、ちゃんと説明してくれないし。気付いたら天使の姿で天界にいるし。もう訳わかんなかったですよ」

「本当に悪かった。本当はちゃんと説明したかったんだけど、悠仁とコンタクトを取る手段があれしかなくて。しかも、生命体の身体を借りて意識を飛ばすっていうかなり神経を使う高等技術だから、短時間しか無理だったんだ」

「知れっと自慢しないで下さいよ」


 それは真人の雰囲気だった。酷く懐かしくも思える雰囲気を感じ取ると、安心から胸に溜まったものたちが少しずつ削ぎ落とされていき、ぎこちなさは消えていった。

 心とは不思議だ。相手の話し方一つで石のようにもなり、砂糖のように溶けたりもする。

 ただ、悠仁の心には、溶け切らなかった塊が一つ残った。


「何はともあれ、本当に感謝している。私も同じ世界で生きた者として、物質界が無事で嬉しい。永くあの世界に留まっていたから、愛着のようなものが湧いたのかな」

「そう言えば、匿われてたのに脱走したんですよね。それからずっと物質界に?」

「そう。ミカエルの機捜班の部下が私を保護してくれたのはいいんだが、彼らの願いには応えられなかったからな。かねてから人間に直接触れてみたいと思っていたし、本来の独立という目的を果たす為に、人間の中で生きることを決めたんだ」

「独立を告白してくれた時、言ってましたよね。自分の意志で全てと関わりたい、既成概念に囚われない生き方をしてみたいって。それは、できたんですか?」

「おかげさまでな」


 目的が果たせたことが、その表情と声音から窺えた。

 それ程依存していなかった地位も名声も何もかもを捨て、自分の思うように、自由な意志のままに生きられた。その代わりに得たものはたくさんあり、物質界に降りたことはやはり間違いではなかった。ルシファーには、充足感しかなかった。


「て言うか。人間として生き始めたのは、どのくらい前なんですか?」

「定かではないが……物質界の紀年法に、西暦が用いられる前だったかな」

「それって、紀元前てことですか?」

「うん。そうなるな」


 ルシファーはさらっと言うが、悠仁は一瞬言葉をなくした。


「……どれだけ生きてたんですか」

「正確にはわからないが、数千年だな」


 西暦の二千年ちょっとでも想像できない時間なのに、それを凌ぐ時間を過ごしたと、ルシファーは事も無げにあっけらかんと言った。また言葉をなくした人間の悠仁には、悠久の時を老いもせずに生き続けるというその精神力は、当然理解の範疇を超えている。人間には備わっていない、超絶強靭な精神力だ。

 悠仁は、想像するだけで精神の限界を感じた。メタトロンに同情する訳ではないが、彼が常軌を逸した思考になるのもわかる気がした。

 二千年がとにかく永いことだけは理解した悠仁は、至極普通のことを聞いた。


「永くなかったですか」

「そりゃあ永いさ」


 ルシファーは当たり前の答えを返した。もしも人間だったらなら、堪えられなくなって二百年も経たないうちに自ら死を選んでしまうだろう。その前に、確実に老衰する。


「ずっと生きることを、やめたくなったりはしなかったんですか」

「天使は時間的感覚がこれでもかってくらい鈍感だから、苦痛ではなかったな。日々が研鑽の連続だったおかげで、退屈もしなかった」

「でも、自分と人間の時間の流れが違うじゃないですか。それなのに、何で人間を続けたんですか」


「人間を知りたかったからだ」。ルシファーはそう前置きして、自身の価値観の変化を語った。


「人間に寿命があるのは、勿論知っていた。私が人間として生きてきた中で、何度か葬式に行ったこともある。天使は、人間から抜け出た魂を見ることができる。だから最初は、天に昇って行くそれを見て、これから転生が決まるのかと思うくらいだった。でも、いつしか天使の力が弱くなり魂が見えなくなってしまうと、人間の命に対する向き合い方がわかるようになっていった。人間は命を、この世の宝のように思っているのだと。気付けば、死を悲しいと感じていた」


 天使として生きた時間と匹敵する程の年数を人間として生きたが、天界で見てきたことと生で体験する現実は、感受の仕方がまるで違った。刺激的で有意義な時間は、天界では絶対に味わえない特別なものだった。


「聞かせてくれませんか。物質界でのこと」

「長くなるぞ?」

「聞きたいです。貴方が見た世界のことを」


 話すのはいいが、時間を考えるとだいぶ省略することになってしまう。外ではミカエルが待っている筈だ。待ちぼうけを食わせてしまう。けれど、悠仁が折角聞きたがってくれているので、ルシファーは要望に応えることにした。

 その口から語られる日々の思い出話は、決して楽しい話ばかりではなかった。




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