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オルネフォルの軌跡  作者: はづき愛依
箱の園 Ⅱ
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6




「我々には、他にも議題にすべきことがあるのでは?」

「グリゴリの件の他に何があると言うのだ、アブディエル」

「神の愛の奪回です」


 アブディエルは語調を強めて言う。


「それを先日から言っているが……」


 ルシファーは心中でまたかと呟く。と言うのも近頃、会議が開かれる度にアブディエルは神の愛の在処を議題にあげようとしている。しかし他に優先すべき議題があった為、主張してはルシファーに却下され続けている。

 今回もまた却下されるだろうと他の議員たちは思ったが、今日こそはと意気込んで来たのだろう、アブディエルはルシファーの声を聞かずに議題にする理由を主張し始めた。


「グリゴリの仕業で人間が野蛮になり、それが堪えられなくなったから神は大洪水を起こし、一部の人間と動物を残して滅ぼした筈。それなのに、神は人間への寵愛をおやめになっていない。何故神は、人間を愛し続けることをお選びになったのか。それを推し量ることは畏れ多くてできませんが、私はそれが悔しく思うのです」

「神は、人間を見捨てなかったということではないのか」

「そうです。ですが私は、見捨て切れなかったのではないかと思うのです」

「神が人間をお作りになられたのですから、それは当然なのでは?」

「言う通りだ、ザフキエル」


 アブディエルは立ち上がると円卓の周囲を歩き回り始め、身振り手振りを加えながら話を続ける。


「畏れ多くも私は、神は人間に同情されたのではないかと思うのだ。自身が作った子らが野蛮な生き物になり、その解決に難儀なされたことであろう。あの大洪水も、苦渋のご決断であったに違いない。しかし、神は今も、人間の行く末を憂慮し苦しんでおられるのではないかと……私はそう想像するととても心苦しく、その苦しみのひと欠片でも私が背負いたいと思うのだ」


 まるで一人舞台を演じているように、アブディエルは感情的になる。しかし周囲は冷静なもので、舞台役者に感情移入をしきれていない。


「その憂慮を取り除きたいと言うのか」

「神は人間を寵愛しておられるからこそ、苦しまれている。だからその愛を我々に向けさせて、そのお心を浄化して差し上げたい。私は神をお救いしたいのです」

「我々が、神を、救う?」


 高揚して放たれた台詞に、ルシファーは眉根を寄せた。


「その通りです。我々天使がここにいられるのは、神のおかげ。神がおられるおかげで我々は幸福でいられる。その深謝の意を込めて、今こそ我らの愛を神にお返しするのです!」


 自信のある主張をして見せたアブディエルだが、どうやら自分に陶酔し過ぎてしまったのが仇となり完全に浮いてしまった。

 ところが、沈黙から一つの拍手が起きた。ヨフィエルが高揚した様子で手を叩いている。


「素晴らしい!流石はアブディエル様!」


 自己陶酔してしまった一人舞台は大失敗かと思われたが、一人だけ役者に感情移入できた観客がいたようだ。スタンディングオベーションしそうな程感動している。それに遅れて空気を読んだザフキエルが拍手し、他の議員たちも控え目に手を叩いた。

 唯一拍手をしないルシファーは、アブディエルの主張に対して発言する。


「……君の主張も然りだ。だが、我々が神をお救いするという考え方こそ、畏れ多いのではないか」


 ルシファーの発言を受け、議員たちの拍手の音がやむ。自分の拍手がどれだけ軽薄で、その場の空気に流されただけのものだったのだと自覚し、冷静さを取り戻した。

 水を浴びせられたように、アブディエルの熱も冷めてしまった。そして、熱が冷めた眼差しでルシファーを見遣る。


「議長のお考えは、神のことは念頭にも置かないと仰るのでしょうか」

「言葉の通りだ。アブディエル」


 アブディエルの眉頭が僅かに寄る。


「……自分は神の愛を最も受けているから不安はないと。そういうことでしょうか」

「神は平等だ。存在の扱いに偏りなどありはしない。人間か我々かなど選んで、贔屓されない」


 アブディエルの表情に、不服を訴える心情が薄ら浮かび上がる。ただ単に、ずっと抱いていた自分の主張を払われた故のものではなさそうだった。ルシファーも、アブディエルが内包するものが神への従順からくるものとは思うが、何か淀んだものを含有しているように感じていた。二人のぶつかり合う何かを、議員たちも感じ取っている。


「今は、グリゴリの件が何より最優先事項だ。残党の捜索を急務とする。ザフキエル。公安部にも改めて伝達しておいてくれ」


 またもアブディエルの主張が弾かれたまま、この日の会議は終了した。




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