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オルネフォルの軌跡  作者: はづき愛依
箱の園 Ⅰ
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 ふわふわといい夢見ごこちでいたのに、耳元のデジタル音が意地悪く邪魔をした。眉間に皺を寄せつつも、いい気分に浸り続けていたい悠仁(ゆうじん)はもう少しと粘った。


「悠仁。ゆう。目覚まし鳴ってるぞ」


 催促された悠仁は仕方なく目蓋を薄く開き、枕元のスマホのアラームを止めた。目蓋が重く二度寝をしそうになるが、部屋の家主がソファー越しに自分を見下ろしているのに気づいたのでぐっと思い留まった。


「おはよう」

「……はようございます……」


 悠仁のスマホアラームがなかなか止まらない時は、まるでかわいい弟の世話を焼く兄のように、家主の真人(まさと)がこうして起こしてくれる。

 頭がふわふわする悠仁。まだ半分夢の世界に浸かりながら、起きて布団を上げた。寝起きのあくびの大きなやつを一つすると、真人の服装に気がついた。


「あれ。真人さん、もう行くんですか?」

「言っただろ。朝九時頃には出るって」


 真人は外出着に着替えていた。フリージャーナリストの仕事で、これから海外へ長期出張をしなければならない。なので、毎度恒例の引き継ぎが行われる。


「洗濯は僕がやっておいた。いつも通り浴室に干してあるから、帰って来てからでいいからちゃんとしまっておいて」

「はい」

「ご飯のおかずもできるだけ作り置きして、冷蔵庫に入ってるから。食べるの忘れるなよ。作り置きがなくなっても、コンビニ弁当だけじゃなくてスーパーのお惣菜とかも買って、バランスを考えて食べるように」

「わかってますよ」


 真人の口から出て来る台詞は、世話焼き兄ではなく母親の方だった。悠仁はまだ眠気が残ったまま返事をして、ついでに二度目のあくびをする。でもやることはいつもと同じなので、空返事だとしても支障はない。


「今度は南アジアでしたっけ。帰りはいつ頃になりそうですか。また三ヶ月とか?」

「今回はそんな長期にしないつもりだ。多分、一ヶ月くらいで帰って来る」

「わかりました」


 母親と留守を頼まれた高校生みたいなやり取りが終わると、玄関に向かう。玄関で見送るまでがいつもの流れだ。


「気を付けて下さいね。何か、最近の海外は物騒になってきてますから。自分の命を第一に考えて下さいよ?」

「わかった。悠仁が言ってくれるその言葉、お守りにするよ……あ、そうだ。帰って来たら、何か食べたいものある?」

「じゃあ……カレーがいいです。野菜がゴロゴロ入ってるやつ。真人さんが作るカレーの中だと、あれが一番好きだから」

「わかった。楽しみにしてて」


 これも時々あるご飯リクエスト募集だ。真人は母親なのかと思ったが、この台詞だけを見ると新妻っぽい顔もあるらしい。

 真人は約束を交わすと、頭まで隠れそうなバックパックを背負った。


「それじゃあ、行って来ます」

「行ってらっしゃい」


 真人は悠仁に微笑んで、仕事場の海外へと向かった。真人が仕事に行く時の悠仁のルーチンは、真人の行って来ますの微笑みを見届けるまでだ。この日常が、もう半年以上続いている。


 仕事へ向かう真人を悠仁が見送る。それは、ここにいる限り繰り返される。

 けれど、日常は永遠には続かない。誰もが望もうが、望むまいが。

 その当たり前を、悠仁は数日後に知った。




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